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31 オリビア、王子に同情する

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(なぜ、そんなことを王妃殿下がおっしゃるのか意味がわからないわ)

「私には、そんな恐れ多いこと無理だと思います。男爵令嬢とはいえども、元は平民ですし王宮で働いたこともありません」
 私は辞退しようとした。先ほどの王子殿下の専属侍女なら、どうあっても断りたい。美しい男性はハミルトン様のお陰でもう懲りた。性格に難がある麗しい王子殿下のお世話は正直気が進まない。

「『生きることは責任を果たすこと』という信条を持っているオリビアなら、与えられた仕事を途中で放り出さないだろう? 責任感のある肝の据わった女でなければ王子の専属侍女は務まらぬ。だから、オリビアは適任だと思う」

「ですが、私は侍女の仕事をしたことがないのです。人のお世話をするというよりは、自分がこの三人の専属侍女やメイドたちに傅かれてきた立場です。到底無理です」

「では、七日後の朝から出仕しなさい。服装はなんでも良い。今のような上品なドレスで充分だ」
 私のドレスを見ながら満足そうに口角を上げた王妃殿下に呆れた。

「いや、人の話は聞けよ」
 ゾーイがぼそりとつぶやいた。

「高貴な方って耳がついてないと思うわぁーー」
 ラナは王妃殿下にも聞こえるように嫌味を言ったが、王妃殿下は穏やかな笑みを浮かべただけだった。

「恐れながら申し上げます。このようなお話はベンジャミン男爵になさってください。オリビア様の一存では決めかねます。旦那様と奥様にお話をしていただきたいです」
 エマは静かな口調で王妃殿下に意見をしてくれたわ。

「耳はついておるし、ベンジャミン男爵に話を通す必要はないと思う。オリビアは一度結婚をし家を出ておる。離婚して出戻ったにしても、もう大人と見做される。自分の人生の選択肢を親に委ねる立場ではないはずだ」

 王妃殿下にこれ以上なにを言っても無駄な気がした。私が嫌がっているのを無理強いするような王妃殿下に、早くもゾーイとラナが殺気立っているのもまずい。エマまでが周囲の騎士たちの配置をさりげなく気にしだしていた。

 専属侍女というより戦闘侍女の彼女たちに怖い物はない。私を守るためなら命を賭けるし、この王宮からでも私を逃がすだろう。王家と全面戦争なんて穏やかじゃないし、私は争いを求めているわけではないわ。だから、私は喜んで専属侍女になるふりをすることにした。あんな王子でも、ひとつくらいは良いところがあるかもしれない。 

「考えてみましたところ、このような貴重な経験をさせていただくことは、私の人生をより豊かなものにするでしょう。ありがたい王妃殿下のお言葉に感謝いたします。ですが、恐れながらお願いがございます。私の三人の専属侍女たちも王子殿下の侍女ということにしてください」

「もちろん、三人とも王子の専属侍女にしよう」
 

 ☆彡 ★彡



「嫌な予感があたりましたね」
 エマは曇った顔つきでため息をついた。

「横暴な王妃だよな。人の話なんて聞いてない」
「ほんとよねぇーー。高貴な人って自己中が多いのかしらぁーー」

「まぁ、良いじゃないの。王子殿下の専属侍女なんて、そうそうなれませんわ。王宮に毎日来るというのも、なかなか楽しいかもしれませんわよ」
 私は三人の気持ちを励ますように明るく振る舞った。

 さきほど王子殿下が怒鳴っていた中庭に面したホールのあたりにさしかかると、また同じような怒声が響いてきた。気の毒なくらいに叱られている侍女を見ると可哀想になってしまう。

(放っておけないわ)

 四阿に近づきカーテシーをしながら、お声をかけさせていただいた。

「恐れながら、申し上げます。そのような怖いお顔をばかりしていたら、せっかくの麗しいお顔が台無しになりますので、どうかお怒りを鎮めてください」

「いきなり王子の私に話しかけるとは無礼者だな。きっと、君は私の新しい侍女だな? また母上が探してきたのか。私の地位と顔に目がくらんだひとりなのだろう?」

「王子殿下も私もあと20年もしたら、美しさなど色あせてなんの意味もなくなりましょう。ですから、目がくらむことはないです」

「ふん、そうか? だったら金と地位はどうだ?」

「お金も身分もあったほうが良いでしょうね。ですが、私はベンジャミン男爵家のひとり娘です。お金はありますし、それほど身分には執着していません」
 私は呆れながらもその場を静かに立ち去ろうとした。王子殿下が私の腕を掴んだので、思わずその手を振りはらう。

「私の顔を見た女は嬉しそうにすり寄ってくる。だが、髪で隠された額の右半分を見ると、顔色が変わってそのように手を振り払う。どの女も同じ反応をするよ」
 王子殿下はそう言いながら長い前髪をかきあげた。綺麗なお顔の額の右半分に火傷の痕が生々しく残されていた。
その瞳は愛に飢えた子犬のように見えた。

 昔から傷ついた動物は放っておけない。そっと、王子殿下の額に触れて傷跡を撫でた。
「可哀想に、痛かったでしょう? 私は容姿の良し悪しや火傷の痕などで態度を変えることはありません。七日後からこちらに出仕しますからね。では、失礼いたします」
 なんだか、とても気の毒になってしまい、最後には頭を撫でていた。幼い頃に手当をしてあげた野生の動物たちに似ている。

 ベンジャミン男爵家に帰る馬車のなかで、ラナがしきりに私に感心する。
「オリビア様はハミルトンとの経験をバネにして、素晴らしい進化を遂げたのねぇーー。あのハミルトンもオリビア様の成長の肥やしになれて、さぞ本望だと思うわぁーー」

「うん。クロエの魅了もどきよりも破壊力がすさまじかったぞ。あの王子の顔を見たか? 呆気にとられて、最後には顔が赤かった」
 ゾーイがニヤけて言うけれど、私は小首を傾げただけだった。

(破壊力ってなんのことかしら?)

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