上 下
5 / 37

5 ハミルトン様はずっとキープよ(クロエ視点)

しおりを挟む
 その昔、魅了の魔法を使って王子や高位貴族をたぶらかす身分の低い女性たちが、ボウフラのように湧いた時期があった。そのため、ここイングルス王国では魅了の魔法を使える子供を発見したら、大魔道士様を招いてその能力を消し去ってもらうことを法律化した。

 大魔道士様はこの世界に数人しかおられず、魅了の魔法を使う者からその能力を奪い、消し去る特異な能力を持っていた。もちろん、大魔道士様はそのほかにもさまざまな偉大な魔法を使え、王族さえもひれ伏すという存在だった。

 私が魅了の魔法によく似た『幻惑の術』が使えると気がついたのは七歳くらいのときだったと思う。『幻惑の術』は幻想的で惑わしのある魔法を指す。対象者の知覚を操作し、魅了や幻覚を引き起こすことができる。 『この人に好かれたい』と思うと、あちらから不思議と好かれずいぶん得をしたわ。

 それは不思議な感覚で、操り人形のように相手の気持ちをコントロールするのが楽しかった。ただ、本来の魅了の魔法は強力でかからないほうが少数なのだけれど、私の魔法はかけられる人数がわずかだった。その数、およそ五人。だから、十歳の頃に行われた魔力鑑定でもばれなかったのよ。魔力量が少ないのでしょうね。



 この世界は火・水・風・土魔法が主流で、生活魔法程度しか使えない者がほとんどだった。身分によって魔力量が決まるわけでもなく、平民に膨大な魔力を持つ者もいれば、高位貴族でも魔力がない者もいた。

 私の婚約者のハミルトン・パリノ侯爵は風魔法が少し使える程度。でも、容姿だけは抜群で紫水晶の瞳と髪をもつ絶世の美男子だった。私は彼に会ったその日に、『幻惑の術』をかけた。

 だから、ハミルトン様の瞳には彼の理想の女性が見えているはずだった。私が何をしても彼には愛らしく好ましく映るはずなのよ。おかげで、彼はすっかり私に夢中になってくれた。あんなに麗しい男性が私の言いなりになることに、有頂天になっていた。

 お陰でつい調子に乗りすぎたわね。一緒に遊び回りすぎて、彼に執務室にいる時間を与えなかったのよ。でも、まさか家令に全財産を盗まれるなんてあり得ない。

(ハミルトン様の管理が怠慢だっただけだわ。私のせいじゃない。かわいそうだけれど、破産して平民になる男性なんかと結婚はできない。でも、あれだけの美貌の男性の心は独占しておきたい。他の女のものにはさせないわ)

 私は、ハミルトン様に婚約破棄の証書を送り付けたその日の夕方、他の女性が魅力的に見えない魔法もかけてあげた。『美変醜化の術』よ。『幻惑の術』の一種だ。

「貴方を永遠に愛しますわ」

 そう言いながら、心のなかでは別な言葉をつぶやく。

(どんな美女も『冴えない、地味な魅力のない女性』に見えますように。この私、クロエが一番可愛く見えればいいのよ)

 これで、ハミルトン様の心は『幻惑の術』と『美変醜化の術』を解かないかぎり私のもとにある。さて、これから高位貴族の中からまた婚約者を探さなければならないわ。はっきり言って、高位貴族の中には、綺麗な男は少ない。

(ハミルトン様は優良物件だったのに、破産だなんてバカみたいだわ)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【第二部連載中】あなたの愛なんて信じない

風見ゆうみ
恋愛
 シトロフ伯爵家の次女として生まれた私は、三つ年上の姉とはとても仲が良かった。 「ごめんなさい。彼のこと、昔から好きだったの」  大きくなったお腹を撫でながら、私の夫との子供を身ごもったと聞かされるまでは――  魔物との戦いで負傷した夫が、お姉様と戦地を去った時、別チームの後方支援のリーダーだった私は戦地に残った。  命懸けで戦っている間、夫は姉に誘惑され不倫していた。  しかも子供までできていた。 「別れてほしいの」 「アイミー、聞いてくれ。俺はエイミーに嘘をつかれていたんだ。大好きな弟にも軽蔑されて、愛する妻にまで捨てられるなんて可哀想なのは俺だろう? 考え直してくれ」 「絶対に嫌よ。考え直すことなんてできるわけない。お願いです。別れてください。そして、お姉様と生まれてくる子供を大事にしてあげてよ!」 「嫌だ。俺は君を愛してるんだ! エイミーのお腹にいる子は俺の子じゃない! たとえ、俺の子であっても認めない!」  別れを切り出した私に、夫はふざけたことを言い放った。    どんなに愛していると言われても、私はあなたの愛なんて信じない。 ※第二部を開始しています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

処理中です...