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夫の言葉に冷めた心

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 「奥様、ご気分でも悪いのですか?どうされました?」

 侍女達が夫の書斎に来るまで、私は呆然としていたようだ。涙が流れて、まだ手は震えている。けれど、この手帳は見なかったことにはできない。

「子供達を、見ていてちょうだい。私は、しなければならないことを思い出したのよ」

 私は、侍女達にそう言うと自室に閉じ籠もった。そして、この手帳を詳細に確認する。私の鍵付きの日記に書き写したのは、夫が赤く印をつけた日にちだ。これを、分析すると週に3、4回は会っていることになる。そして、その度にミランダは私に子供を預けている。短時間の時もあれば今日のようにお泊まりをさせることも度々だった。

 誰でもいい。これが、嘘だと言って欲しい。けれど、目の前にある物証は見まごう事なき事実なのだった。加えて、この事実はしばらくは私の心のなかだけにしまっておかなければならない。

 「旦那様から使いの者が来ましたよ。今夜は、急なお仕事が入り王宮から戻って来れないそうです」

 侍女が持ってきた手紙を見れば、簡単な走り書きのメモ程度のものだった。


『すまない。ちょっと、仕事が立て込んでる。今夜は帰れないよ』


 これだけの文に、いかにいろいろな意味が込められていることか!私は、ジェームズが手帳に書いていた言葉を思い起こす。自然と頭のなかでこの手紙の言葉を彼の心の声に変換していた。

『ミランダに会えた!私の女神。仕事なんて嘘っぱちだよ。今夜は一晩中、愛し合うんだ。お前は子守でもしてろよ』

 うん、多分、そんな感じよ。なんて、滑稽な話だろう。





 翌朝にも、ジェームズは帰って来ず昼過ぎに仲良くミランダとお帰りになった。

「いやぁ、偶然ミランダの実家の近くで仕事があってね。一緒に馬車に乗ってきたんだ」

 夫は、王宮の中にある町を整備する部署に勤務していた。メディチ伯爵家の領地は狭く痩せた土地だったから、税収も少ない。だから、王宮での仕事はありがたかった。これは、ミランダの夫のベンジャミン・トマス公爵のはからいだった。

 つまり、トマス公爵はジェームズの上司なのだ。何食わぬ顔で、二人は私の前で普段通りに冗談を言い合い、そして笑い合う。私は、傷ついた心で虚しく笑う。

「聞いて!来週は、お母様が少し気分がいいというので、遠出をしていい景色を見せてあげたいの。また、子供を預かってくれないかしら?」

 (ちょっと待ってよ。先日の貴女は、『実家の母の具合がとても悪くてね』と言ったばかりよ?あぁ、思い起こせば、ミランダの言葉は辻褄のあわないところが数々あったわ)

「そう。来週は、私も少し忙しいかもしれないわ」

 私は、わざと渋ってみせる。すると、ジェームズが急に激しい口調でこういったのだった。

「マーガレット!ミランダのお願いをなぜ、きけないんだ? マーガレットには、子供もいなければ、両親も他界していないだろう? ミランダの苦労をわかれ、というのは所詮無理があるかもしれないが、親友が困っているんだ。それを助けてあげようという優しい気持ちが少しでもあれば、快諾するはずだろう? マーガレットは、ミランダのように美しくないし子供も産めないが、その優しさが私は好きなのだよ」

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