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プリムローズの望むもの
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「愚か者めが! 爵位は正当な跡継ぎであるプリムローズ嬢に引き継がせる。クリント、横領した金はすべてプリムローズ嬢に返還しろ。その後、お前たちは国外追放とする!」
クリントたちは極刑を免れたことに、内心でほっと胸を撫で下ろしていた。国外追放となっても、きっと自分たちならなんとか切り抜けられるだろう――そう楽観していたのだ。だが、そんな安堵もつかの間、彼らの運命はさらに過酷なものへと変わる。
粗末な馬車に詰め込まれ、国外追放の途上と思われた旅路。だがその馬車は、なぜか切り立った崖の前で立ち止まった。
「おい、どういうことだ……?」
不安が募る中、クリントたちの前に姿を現わしたのは、ガードナー率いる屈強な若者たちだった。彼らはアルバータスの大商会に所属する護衛隊で、商会を守るだけでなく、悪党を始末する役割も担う者たちだった。
「な、なんのつもりだ!」
クリントの叫びを無視し、若者たちは馬車を崖の下に突き落とした。荷物もろとも粉々になった馬車を見下ろし、彼らは冷徹な目でクリントたちに告げる。
「ここからは、俺たちの指示に従ってもらう」
クリントとその妻にスライは連れ去られ、たどり着いた先はルドマン侯爵領内の敷地外れにある粗末な小屋だった。
「ここでお前たちは狩猟奴隷として働けとの主の命だ」
「狩猟奴隷……?」
クリントは信じられないという顔で呟いた。狩猟奴隷とは何なのか、その実態を知らされないまま、彼らは犬舎に連れて行かれる。そこには大型の狩猟犬が何頭も収容されていた。
「当面のお前たちの仕事は、この犬たちの世話だ」
犬たちはよく訓練されており、世話そのものは大きな苦痛ではない。与えられる食事や寝床も最低限ではあるが確保されていた。しかし、かつて伯爵として贅沢を享受していたクリントにとって、この生活は屈辱そのものだった。
一方、プリムローズはクリントへの裁定が下された後も、心の奥底にくすぶる感情を抑えられずにいた。
「伯父は私の両親に危害を加えたに違いないのに……あの程度の裁きで終わりだなんて……」
彼女はレストン伯爵としての仕事に忙殺されながらも、両親の死に対する悲しみと伯父への復讐が果たせなかった悔しさに苛まれていた。ラリーから当主としての務めを学び、アルバータスの屋敷では双子のチャスとデニーの教育係も務める日々。その合間にふと思い出されるのは、伯父クリントの憎らしい笑みだった。
――できれば、この手で復讐をしたかったのに……だって、伯父は私の両親に危害を加えたに違いないもの。あのオラールという男を、アルバータス様が商会で雇ったのも理解できないわ。あの男はラリーを亡き者にしようと悪人なのに。
アルバータスへの不信感が募る一方で、双子たちとの距離はますます縮まっていった。最近は悲しげな顔をしていることが多いプリムローズに、寄り添うようにデニーがそっと子供らしい言葉で慰める。
「今日は僕が先生と一緒に寝てあげる。そうしたら、寂しくないでしょう? 僕がずっと一緒にいてあげるよ」
「違うよ! ずっとそばにいるのは僕だ! 先生にはまだ婚約者がいないでしょう? 僕、頑張ってすぐにおとなになるからね。そうしたら、先生と結婚してあげるよ」
チャスがにっこりと笑って、プリムローズの手の甲にキスをした。そのおませな紳士ぶりに、プリムローズの心が和む。
「まぁ、素敵な求婚者さんたちね。でも、大人になったらきっと同じくらいの年代の素敵な令嬢たちと出会うわよ。私を心配してくれるその気持ちはとても嬉しいわ。ありがとう」
彼らの無邪気な言葉にプリムローズは笑顔を返しながらも、心の中にはまだ重たい影が残っていた。
そんなある日、アルバータスがふと彼女に声をかけた。
「姉上の領地で狩猟大会があるんだ。一緒に気晴らしに行かないか? きっと君が望むものが、そこにあるから」
「望むもの……?」
彼の言葉に首を傾げるプリムローズ。だが、気晴らしという言葉に少しだけ心が動き、その誘いに応じることにした。
その狩猟大会でプリムローズが目にしたものとは――。
クリントたちは極刑を免れたことに、内心でほっと胸を撫で下ろしていた。国外追放となっても、きっと自分たちならなんとか切り抜けられるだろう――そう楽観していたのだ。だが、そんな安堵もつかの間、彼らの運命はさらに過酷なものへと変わる。
粗末な馬車に詰め込まれ、国外追放の途上と思われた旅路。だがその馬車は、なぜか切り立った崖の前で立ち止まった。
「おい、どういうことだ……?」
不安が募る中、クリントたちの前に姿を現わしたのは、ガードナー率いる屈強な若者たちだった。彼らはアルバータスの大商会に所属する護衛隊で、商会を守るだけでなく、悪党を始末する役割も担う者たちだった。
「な、なんのつもりだ!」
クリントの叫びを無視し、若者たちは馬車を崖の下に突き落とした。荷物もろとも粉々になった馬車を見下ろし、彼らは冷徹な目でクリントたちに告げる。
「ここからは、俺たちの指示に従ってもらう」
クリントとその妻にスライは連れ去られ、たどり着いた先はルドマン侯爵領内の敷地外れにある粗末な小屋だった。
「ここでお前たちは狩猟奴隷として働けとの主の命だ」
「狩猟奴隷……?」
クリントは信じられないという顔で呟いた。狩猟奴隷とは何なのか、その実態を知らされないまま、彼らは犬舎に連れて行かれる。そこには大型の狩猟犬が何頭も収容されていた。
「当面のお前たちの仕事は、この犬たちの世話だ」
犬たちはよく訓練されており、世話そのものは大きな苦痛ではない。与えられる食事や寝床も最低限ではあるが確保されていた。しかし、かつて伯爵として贅沢を享受していたクリントにとって、この生活は屈辱そのものだった。
一方、プリムローズはクリントへの裁定が下された後も、心の奥底にくすぶる感情を抑えられずにいた。
「伯父は私の両親に危害を加えたに違いないのに……あの程度の裁きで終わりだなんて……」
彼女はレストン伯爵としての仕事に忙殺されながらも、両親の死に対する悲しみと伯父への復讐が果たせなかった悔しさに苛まれていた。ラリーから当主としての務めを学び、アルバータスの屋敷では双子のチャスとデニーの教育係も務める日々。その合間にふと思い出されるのは、伯父クリントの憎らしい笑みだった。
――できれば、この手で復讐をしたかったのに……だって、伯父は私の両親に危害を加えたに違いないもの。あのオラールという男を、アルバータス様が商会で雇ったのも理解できないわ。あの男はラリーを亡き者にしようと悪人なのに。
アルバータスへの不信感が募る一方で、双子たちとの距離はますます縮まっていった。最近は悲しげな顔をしていることが多いプリムローズに、寄り添うようにデニーがそっと子供らしい言葉で慰める。
「今日は僕が先生と一緒に寝てあげる。そうしたら、寂しくないでしょう? 僕がずっと一緒にいてあげるよ」
「違うよ! ずっとそばにいるのは僕だ! 先生にはまだ婚約者がいないでしょう? 僕、頑張ってすぐにおとなになるからね。そうしたら、先生と結婚してあげるよ」
チャスがにっこりと笑って、プリムローズの手の甲にキスをした。そのおませな紳士ぶりに、プリムローズの心が和む。
「まぁ、素敵な求婚者さんたちね。でも、大人になったらきっと同じくらいの年代の素敵な令嬢たちと出会うわよ。私を心配してくれるその気持ちはとても嬉しいわ。ありがとう」
彼らの無邪気な言葉にプリムローズは笑顔を返しながらも、心の中にはまだ重たい影が残っていた。
そんなある日、アルバータスがふと彼女に声をかけた。
「姉上の領地で狩猟大会があるんだ。一緒に気晴らしに行かないか? きっと君が望むものが、そこにあるから」
「望むもの……?」
彼の言葉に首を傾げるプリムローズ。だが、気晴らしという言葉に少しだけ心が動き、その誘いに応じることにした。
その狩猟大会でプリムローズが目にしたものとは――。
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