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クリントのさらなる悪巧み

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クリントside

 暖炉の炎がぱちぱちと音を立てる中、クリントは書斎の机に広げた帳簿を見つめていた。数字の並びは完璧だ。このレストン伯爵家がいかに豊かであるかを証明している。前レストン伯爵(クリントの弟)は堅実な性格で領地経営も良好だった。プリムローズに言った借金などひとつもなかったのだ。
 
 ――弟夫妻をあの世に送り、姪も追い出した。すべてが完璧な計画だった――そう、今日までは。

 「こんなにうまくいくとはな……莫大な財産と爵位は私のものだ……」
 大きな声で笑い声をあげた。実に爽快な気分だった。

 しかし、突然、執事が扉を叩き、不安げな声で告げる。
「旦那様、王宮からの使者がいらしております。重要な書状を届けに参ったとのことです」

 クリントの眉間に一筋の皺が寄った。

 ――王宮から?
 
 嫌な予感が胸をかすめるが、それを表に出すことなく立ち上がり、サロンに向かった。使者は品格のある装いの若い男で、淡々と巻物を差し出した。

「クリント・レストン伯爵、王家主催の裁判へ出席するよう、国王陛下が命じられました。詳しいことは書簡をご確認ください」

 その場で封を切るわけにもいかず、使者を無言で送り出すと、クリントは震える手で巻物を開いた。内容を一読すると、全身が冷たくなるような感覚に襲われた。

「貴殿にかけられた罪状についての審議を行う。罪状は以下の通りである――レストン伯爵家の財産の横領と詐欺、前レストン伯爵への侮辱罪である」

 裁判の日時と場所が明記され、さらに告発人として姪の名が記されていた。

「プリムローズめ……!」

 クリントの口元が引き攣る。かつて弟の死後、伯爵家を守るという名目で跡取りの座を奪い取ったあの時、小娘の姪は何もできないと高を括っていた。金庫の中身を全て奪い取り家財道具まで売り飛ばし、ラリーたちを解雇し罪人に仕立てあげた。完璧な勝利だと思っていたのに――なぜ今になって訴えられる?

「ばかな娘だ。私が横領したという証拠なんてなにひとつないはずさ。ラリーは国外に追いやったし、なにかあれば家族の身に危険が及ぶとも言ってある。圧倒的な私の勝利のはずだ」

 クリントは傲慢な高笑いをした。だがその行為も自分の不安を押し隠すには不十分だった。すぐさま、オラールを呼び出す。オラールはクリントが最も信頼を置く従者であり、その忠実さゆえ、主の汚れ仕事を率先して行うことで悪名高い男だった。

「ラリーとその家族を亡き者にしろ。裁判になり行方を突き止められて、証言台に立たれたらまずい。王家も関わっているなら、すぐにラリーの居場所もバレてしまうからな」

「はい、かしこまりました!」

 オラールが残忍な笑みを浮かべながら去ると、クリントは改めて書簡を見下ろした。王家主催の裁判――自分が築き上げた防壁が崩れるとは思えない。だが、不安は募る。

「……いや、すべて計算通りだ。証拠がない限り、プリムローズが何を言おうと私の身は安泰だ……プリムローズのような小娘にラリーの行き先などわかるはずもないさ。それに、見つけたとしてもだ。いつものようにオラールがうまく仕事をこなした後だ」

 そう自分に言い聞かせるも、その声は震えていた。弟夫妻の最期の言葉を思い出したのだ。実際に手を下したのはオラールだったが、側で見ていた自分に弟は呪いの言葉を吐いた。

 「兄上。あなたの罪はいずれあなたに返ってくるでしょう。必ず、したことの報いはうけるのです」

 オラールは前レストン伯爵夫人の胸をレストン伯爵の矢で射った後、手の自由を奪いふたりを馬に乗せ疾走させた。当然ふたりは落馬し、その場で致命傷を負い亡くなった。その馬に乗せる前の呪いの言葉であった。

 暖炉の炎が再びぱちぱちと音を立てる中、クリントはそんな不吉な言葉を思い返したのだが、鼻で笑った。

 ――くだらない。死人に口なし、なんだよ。報いを受けるだって? そんなことありえない。絶対にありえないさ。
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