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お葬式
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教会の鐘が、重々しい音を立てて響き渡る。曇天の空は、まるでこの日を悲しむかのように灰色一色に覆われていた。教会のステンドグラスを通るわずかな光が冷たく床に落ち、黒い喪服をまとった参列者たちの影を長く引き伸ばしていた。
荘厳な雰囲気の中、プリムローズは喪服のレースで覆った顔を下げたまま、前列の席に座っていた。目の前には、黒い布で覆われた棺が二つ並んでいる。一つは父、カーライル・レストン伯爵のもの。もう一つは母、エルザ
レストン伯爵夫人のものだった。
「お父様、お母様……」
プリムローズは震える声で呟いたが、誰にも聞かれることはなかった。目元に滲む涙をハンカチで押さえる。泣き崩れたい思いを必死で抑えながら、プリムローズは唇を噛みしめた。今、自分が弱音を吐けば、父や母の名誉を穢してしまうような気がしたからだ。
神父が聖書を朗読する声が響く。その深く響く声は、心の奥底をえぐるようだった。
「主の御名において、我らはここに、愛する者を送り出すため集まりました。この魂を御手に委ねるにあたり、哀しみに沈む我らに主の慈悲が注がれることを願います。どうかこの者たちを御許に迎え入れ、その罪を赦し、永遠の安息をお与えください。我らが彼を惜しむ心が、彼らの生きた証となりますよう、導き給え。……」
神父の祈りに、参列者たちが一斉に目を伏せ、黙祷を捧げる。プリムローズもその一人だったが、祈ることさえ苦痛だった。父と母が今この場所で横たわっていることが信じられなかった。二人はこの領地を守り、住民たちに愛されてきた立派な人物だった。だが、その生涯はあまりにも突然、理不尽な形で終わりを迎えた。
後列の席に座る領民たちがすすり泣く声が、静かな教会にこだまする。彼らにとっても、レストン伯爵夫妻の死は痛手だったのだろう。日々の生活を支え、領地の運営を自ら指揮してきた夫妻の存在は、この地で欠かせないものだった。
だが、そんな悲しみの中にいるのはプリムローズと領民たちだけだった。
「死因が狩りによる誤射と落馬だなんて、情けないったらないわね。貴族としての尊厳がなさすぎるわ。だから、長男のあなたが爵位を継ぐべきだったのよ」
前列に座るディアナが、隣のクリントに囁いた。クリントの隣にはプリムローズが座っている。声を潜めたつもりなのだろうが、プリムローズの耳にははっきりと聞こえた。
「まったくだな。父上の見る目がなかったということさ。さぞかし天国で悔やんでいることだろうよ」
クリントの声にも哀悼の意はなかった。二人の言葉に、プリムローズは手の中で拳を握りしめる。二人は葬儀に参列しているというより、ただ自分たちの日頃の不満を言いに来たようにしか見えない。
式が進む中、棺の蓋がそっと開けられた。白い布に包まれた夫妻の遺体が現れる。死化粧を施されたその顔は、冷たい静寂に包まれ、どこか眠っているようにさえ見えた。
「最後のお別れをしてください」
神父の声に促され、プリムローズは立ち上がった。足元がふらつくのを必死に堪えながら、父と母の棺の前に進む。手に握りしめた白い花をそれぞれの胸元に捧げ、彼女は心の中で言葉を紡いだ。
「お父様、お母様……どうしてこんなに早く私を置いていかれるのですか……。私はまだお父様たちに教えていただきたいことが、たくさんあったのに……親孝行だってしてあげたかったのに……こんな形でお別れするなんて……無念です」
参列者たちも一人ずつ別れの言葉を捧げていったが、クリント夫妻だけは形式的に花を棺に入れるだけで何の感情も見せなかった。その様子に、プリムローズの胸は怒りで震えた。
「それでは、棺を閉じます」
神父の宣言とともに、蓋がゆっくりと閉じられる音が響く。もう二人の顔を見ることはできない。その事実がプリムローズの涙腺を決壊させた。
目を閉じて涙を流すプリムローズの耳元に、またディアナの声が聞こえてきた。
「それにしても、プリムローズは強情な子ね。学費ぐらいはだしてあげると言うのに、断るなんて。いったい、なんの仕事に就くつもりなのかしら? 仮にも姪なのだから、あまりみっともない職業につかないでほしいわ」
その言葉にプリムローズは歯を食いしばり、振り向きもせずに立ち尽くした。ディアナやクリントたちに負けるわけにはいかない。両親の尊厳を守るためにも、彼女は強くならなければならない。
葬儀が終わり、棺は外へ運ばれていく。暗雲が垂れ込める空に鐘の音が再び響き渡る中、プリムローズは参列者とともに棺に土をかけていく。徐々に埋もれていく棺に、プリムローズは固く誓った。
――なんとかして、自立してみせるわ。お父様、お母様、天国から私を見守っていてくださいね……
そして、プリムローズは――
荘厳な雰囲気の中、プリムローズは喪服のレースで覆った顔を下げたまま、前列の席に座っていた。目の前には、黒い布で覆われた棺が二つ並んでいる。一つは父、カーライル・レストン伯爵のもの。もう一つは母、エルザ
レストン伯爵夫人のものだった。
「お父様、お母様……」
プリムローズは震える声で呟いたが、誰にも聞かれることはなかった。目元に滲む涙をハンカチで押さえる。泣き崩れたい思いを必死で抑えながら、プリムローズは唇を噛みしめた。今、自分が弱音を吐けば、父や母の名誉を穢してしまうような気がしたからだ。
神父が聖書を朗読する声が響く。その深く響く声は、心の奥底をえぐるようだった。
「主の御名において、我らはここに、愛する者を送り出すため集まりました。この魂を御手に委ねるにあたり、哀しみに沈む我らに主の慈悲が注がれることを願います。どうかこの者たちを御許に迎え入れ、その罪を赦し、永遠の安息をお与えください。我らが彼を惜しむ心が、彼らの生きた証となりますよう、導き給え。……」
神父の祈りに、参列者たちが一斉に目を伏せ、黙祷を捧げる。プリムローズもその一人だったが、祈ることさえ苦痛だった。父と母が今この場所で横たわっていることが信じられなかった。二人はこの領地を守り、住民たちに愛されてきた立派な人物だった。だが、その生涯はあまりにも突然、理不尽な形で終わりを迎えた。
後列の席に座る領民たちがすすり泣く声が、静かな教会にこだまする。彼らにとっても、レストン伯爵夫妻の死は痛手だったのだろう。日々の生活を支え、領地の運営を自ら指揮してきた夫妻の存在は、この地で欠かせないものだった。
だが、そんな悲しみの中にいるのはプリムローズと領民たちだけだった。
「死因が狩りによる誤射と落馬だなんて、情けないったらないわね。貴族としての尊厳がなさすぎるわ。だから、長男のあなたが爵位を継ぐべきだったのよ」
前列に座るディアナが、隣のクリントに囁いた。クリントの隣にはプリムローズが座っている。声を潜めたつもりなのだろうが、プリムローズの耳にははっきりと聞こえた。
「まったくだな。父上の見る目がなかったということさ。さぞかし天国で悔やんでいることだろうよ」
クリントの声にも哀悼の意はなかった。二人の言葉に、プリムローズは手の中で拳を握りしめる。二人は葬儀に参列しているというより、ただ自分たちの日頃の不満を言いに来たようにしか見えない。
式が進む中、棺の蓋がそっと開けられた。白い布に包まれた夫妻の遺体が現れる。死化粧を施されたその顔は、冷たい静寂に包まれ、どこか眠っているようにさえ見えた。
「最後のお別れをしてください」
神父の声に促され、プリムローズは立ち上がった。足元がふらつくのを必死に堪えながら、父と母の棺の前に進む。手に握りしめた白い花をそれぞれの胸元に捧げ、彼女は心の中で言葉を紡いだ。
「お父様、お母様……どうしてこんなに早く私を置いていかれるのですか……。私はまだお父様たちに教えていただきたいことが、たくさんあったのに……親孝行だってしてあげたかったのに……こんな形でお別れするなんて……無念です」
参列者たちも一人ずつ別れの言葉を捧げていったが、クリント夫妻だけは形式的に花を棺に入れるだけで何の感情も見せなかった。その様子に、プリムローズの胸は怒りで震えた。
「それでは、棺を閉じます」
神父の宣言とともに、蓋がゆっくりと閉じられる音が響く。もう二人の顔を見ることはできない。その事実がプリムローズの涙腺を決壊させた。
目を閉じて涙を流すプリムローズの耳元に、またディアナの声が聞こえてきた。
「それにしても、プリムローズは強情な子ね。学費ぐらいはだしてあげると言うのに、断るなんて。いったい、なんの仕事に就くつもりなのかしら? 仮にも姪なのだから、あまりみっともない職業につかないでほしいわ」
その言葉にプリムローズは歯を食いしばり、振り向きもせずに立ち尽くした。ディアナやクリントたちに負けるわけにはいかない。両親の尊厳を守るためにも、彼女は強くならなければならない。
葬儀が終わり、棺は外へ運ばれていく。暗雲が垂れ込める空に鐘の音が再び響き渡る中、プリムローズは参列者とともに棺に土をかけていく。徐々に埋もれていく棺に、プリムローズは固く誓った。
――なんとかして、自立してみせるわ。お父様、お母様、天国から私を見守っていてくださいね……
そして、プリムローズは――
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