[完結]愛する人たちに裏切られた私は……

青空一夏

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続編

5 局長の話

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※マリアンヌ視点


 就業時間になると、突如として一斉連絡がまわされた。
 本日、全職員は業務終了後に講堂へ集まるように――と。理由の記載はなかった。

 中央行政局本館の講堂は、式典や重要な通達の際にしか使われない、荘厳な造りの空間だ。
 高い天井と重厚な石造りの壁に、壁際の魔光灯がぼんやりと灯っている。

 職員たちは皆、ざわめきながら席に着いていた。
 突然の呼び出しに、理由も告げられないままでは、無理もない。
 私も、講堂に足を踏み入れたときから、どこか落ち着かない気持ちを抱えていた。
 局長のような立場の人が、何の前触れもなく全職員を集めて何を話すのか――考えても見当はつかず、ただ静かに様子をうかがうしかなかった。



 やがて扉が開き、局長が姿を現した。
 上質な紺の上着に身を包み、無駄のない所作で壇上へと進む。
 中央行政局の頂点に立つその人は、常に理性的で、公平であることを信条とする人物として知られていた。

 壇の中央に立った局長は、ざっと全体を見渡したあと、静かな声で話し始めた。

「今日は、皆さんにひとつ、話をしておきたいことがあります」

 落ち着いた語調だった。声を張るでもなく、それでいて、講堂の奥までしっかりと響き渡るような重みがある。

「近頃、業務の分担や進行状況について、いくつか気になる報告を受け取っています」

 会場の空気が、わずかに緊張したのを感じた。
 職員たちが無言のまま、耳を澄ませているのがわかる。

「信頼の上で仕事を任せることは、組織にとって必要なことです。ですが、業務の偏りを常態化させるような行為は、健全とは言えません。どうやら、一部ではそのような例が見られるようで……私は、それを見過ごすつもりはありません」

 私は、不意に胸の奥がざわつくのを感じた。
 ――まるで、私のことを言っているみたい。

「今後、このような事案については、私の元にも直接報告が上がるようにいたします。
 自分の職務に真摯に向き合うという、ごく基本的なことを、いま一度確認させてください。……以上です」

 簡潔で、淡々とした訓示だった。だが、そこに込められた“何かが動き始めた”ような空気を、誰もが感じ取っていた。
 訓示が終わると、職員たちは粛々と席を立ち、それぞれの持ち場へと戻っていった。
 私も、他の上級書記官たちと共に、執務室へと歩を進める。

 そこは「上級書記官室」と呼ばれる、区画で仕切られた執務スペースだった。
 一人ひとりに十分な作業机が与えられ、通常の執務室よりも広く静かな環境が保たれている。
 同じ職階の者しか出入りしないため、業務に集中できる一方で、直属の上司の目も届きやすい場所だった。

 私は自分の席に戻り、書類棚から案件ファイルを手に取った。
 けれど、思考はなかなか仕事に向かってくれない。先ほどの局長の言葉が、胸の奥で静かに響き続けていた。

「いやぁ、びっくりしたなあ。いきなりの講堂召集とは」

 背後から、やや芝居がかったような男の声が響いた。
 振り返らずともわかる。直属の上司、ベルトラン課長だ。

「まったく……“職務に真摯に向き合え”だなんて、局長もずいぶん立派なことを言うもんだよな。さすが理想主義者ってとこか」

 彼は私たちのデスク群の中央に立ったまま、軽い口調で笑った。
 冗談めかしているようでいて、どこか棘のある言い方だった。

「まあ、俺からすれば、現場がうまく回ってるならそれでいいって思うけどね。誰がちょっと多く働こうが、足りないやつのフォローが入ろうが、結局それで数字が合えば文句ないだろ」

 周囲の数名が、曖昧に笑う。誰も正面からは何も言わない。
 私も、返す言葉が見つからず、黙ったままペンを手に取った。

 局長の言葉も、ベルトラン課長の言葉も、どちらも一理あるように思えて――でも、どちらかが正しいとも言い切れない。
 ただ、少なくとも私は、あの夜ユリウス副会長にかけられた言葉を、軽く受け流したくはなかった。

 たとえ現場が“回っている”としても、誰か一人に負担が偏るのがいいとは思えない。
 そういう小さな無理が、きっといつか大きな歪みになる。

 すると、その時だった。ベルトラン課長の声が私に飛んできた。

「マリアンヌさん、悪いけどこの精算報告書、今日中にまとめてくれないかな。例の交渉案件、俺のほうは先方対応で手が回らなくてさ」

 いつも通りの、気安く馴れた口調。頼むというより、当然のような言い方だった。

「ほら、君なら間違いないからさ。こういう時に頼れる人がいると本当に助かるよ」
「……承知しました」
 書類の文字を追いながら、私は静かに答えた。
 何も言い返せなかった自分に、ほんの少しだけ悔しさが残る。

◆◇◆

 時計の針は、終業の時刻をとうに過ぎていた。
 上級書記官室には、すでに私ひとりしか残っていない。
 魔光灯の明かりが灯り、静まり返った室内には、書類をめくる音だけが響いていた。

 私はベルトラン課長から頼まれた追加案件に目を通していた。
 「今日中にまとめておいてくれると助かる」と言われただけで、強制ではなかった。けれど、きっと断っても、誰かにしわ寄せがいく。
 ――そう思えば、やっぱり引き受けてしまうのが、私だった。

 そのとき、控えめな足音が廊下から近づいてきた。
 扉がそっと開く音に、思わず顔を上げる。

 そこに立っていたのは、ユリウス副会長だった。

「……また残っているんですね。どうして……自分のことを、もっと大事にしてくれないんですか?」

 その声は静かで、どこか苦笑めいていた。
 怒っているわけではない。ただ、ほんの少しだけ、心配と呆れが混じったような――そんな響きだった。

 私は姿勢を正しながら、少しばつの悪さを覚えて口を開いた。

「はい。課長に、今日手が回らないからお願いできないかって……明日までに必要な書類なんです。断りきれなくて……」

 ユリウス副会長はそれを聞き、ゆっくりと私の机の横まで歩み寄ると、しばらく黙って書類に目を落とした。

「その課長の名前を聞いておきましょう。なんという名前ですか?」
「ベルトラン課長です」
「なるほどね。ふふっ、覚えておきましょう。さぁ、そんな仕事はしなくていいです。一緒に夕食に行きますよ。どうせ、今日も食べないつもりだったでしょう?」
 ユリウス副会長が強引に私を席から立たせ、手を握って、部屋から連れ出すのだった。

 ――え? これってどんな状況なの? っていうか……なんで恋人繋ぎ?
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