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中編

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「僕にはすでに愛する人がいるんだよ。クララという踊り子で、君よりずっと色っぽくていい女なんだ。クララを離れに住ませるから母上には言うなよ! 黙っていればわからないし、いずれクララが妊娠したら僕から母上に言う。余計なことは一切言うな」

「クララ? 踊り子? その方を愛していらっしゃるのですか?」

「そうだよ。僕は君を妊娠させることはけっしてない。レティシアは全く好みじゃないからね。跡継ぎが産めない孤児なんて、いくら母上でも庇えないだろう? そこでクララが子どもを産めば、喜んで愛人として認めてくれるはずだ。もちろんレティシアは母上のお気に入りだし、賢く綺麗だ。お飾りの妻としてずっと置いてあげるよ」

「そんな・・・・・・」

「この計画は誰にも秘密だよ。母上には絶対に言うなよ! ふふふ。言えるわけないよな? 母上は僕たちが仲睦まじく暮らしていると思われて喜んでいる。レティシアを娘のように可愛がっている母上を悲しませたくないだろう? 君は不妊症だということにする。愛おしい妻に子どもができないことを悩んだ僕は、クララと一夜の過ちをおかし・・・・・・子どもができた。最高にいい筋書きだろう?」

「それは・・・・・・酷いです。そんな計画を私になぜ話すのですか?」

「君の協力があったほうがスムーズに事が進む。それに話したところで孤児なんだから誰にも味方になってもらえないだろう? 僕たちは母上の前では、いつだって仲良しでいなければいけないよ。それが一番、母上が嬉しいことなんだから。これこそがゴンザレス侯爵家に対する恩がえしだぞ! 皆が幸せになるだろう?」

 私はボニー様が大好き。本当のお母様のように愛してくれるボニー・ゴンザレス女侯爵様。かけがえのない大事な恩人だ。悲しませる事はできない。ボニー様は私とイーサン様が仲良しでいる様子を、いつも喜んでいらっしゃるもの。

(私が我慢すればいいのよ・・・・・・私が黙っていさえすればいい)



 ボニー様はゴンザレス侯爵家の代々のお屋敷(本邸)にお住まいになっており、私達夫妻はそこから馬車で10分ほどの距離にある別邸に住んでいる。この別邸には離れがありこじんまりとはしていたけれど、テラスが庭園に向かって一面に広がりゲストルームとして通常使っていたものらしい。

「あんたが奥さん? ずいぶん地味な女ね」

 イーサン様が連れて来たクララの第一声はそのようなものだった。艶めかしい肢体の濃い化粧の女性だ。その不躾な言葉に侍女達もびっくりしていて固まってしまう。

「クララは僕の恋人で、これからは離れに住むことになる。しかし、このことは母上には内緒だ。わかったな!」
 イーサン様は侍女やメイド達を睨み付けた後、クララの肩を抱きながら離れへと姿を消した。

「「「可哀想な若奥様・・・・・・」」」
 数人の使用人達の声が、なおさら私を惨めにさせる。




★*☆*




「レティシア、疲れていない? 少し母上と休んでいなよ。お茶は僕が入れてあげよう。君は甘めのミルクティーが大好きだものね。母上もどうぞ、少し休んでください」
 ここはゴンザレス侯爵家の本邸。私とイーサン様は毎日、ボニー様に領地経営やゴンザレス侯爵家の事業についての指導を受けている。

「あら、ありがとう。少し休憩しましょうか。ところで、あなた達は結婚してもう1年近く経つけれど・・・・・・ほら、そろそろレティシアに体調の変化はないかしら?」

「それが、なかなかレティシアは子どもができにくい体質のようです・・・・・・医師が言うにはかなり難しいんじゃないかと・・・・・・いや、もちろん僕は健康体なんですがね。二人でこれでも頑張ってはいるのですよ」
 イーサン様は私の手に、そっと自分の手を重ね愛おしそうに撫でた。どこから見ても妻を優しく労る夫に見えるだろう。

「あら、まぁ・・・・・・ごめんなさいね、レティシア。子どものことは気にしなくていいのよ。できないならできないで、残念だけれどあなたのせいではないですからね。養子をもらえばいいのです。なにも気に病むことはないですよ」
 ボニー様は眉尻を下げて、悲しそうな表情をなさった。私は嘘をついていることにズキンと胸が痛む。

(もちろん、子どもができるはずはない。私達の結婚は白い結婚だもの)


「お義母様、ごめんなさい。私の身体が妊娠しづらいようなのです。イーサン様はとても優しくて私を心から愛してくださいますのに・・・・・・申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
 ボニー様に気づかれないように、イーサン様は私の足をほんの少しつねる。それは私になにか言え、という合図だ。私は声が震えないように必死でイーサン様がいかに良い夫かを伝えた。

「まぁ、イーサンはレティシアをとても大事にしているのね? 仲睦まじくて本当に嬉しいわ」

「もちろんですよ。ほんとうに大事な愛おしい妻です。母上のお気に入りだけあってよく気が利くし、素直で謙虚だし賢い。一生、大事にします」

「まぁ、素敵! あなた達が仲が良くて、レティシアが幸せそうにしているのがとても嬉しいわ」

 ボニー様の優しい言葉に、思わず涙が出た。涙が出始めると止まらなくて・・・・・・私は慌ててその場を離れた。





「どうしたの? 最近のレティシアは元気がないと思うわ。私で良かったら相談に乗るわ。なんでも話してちょうだい」

「・・・・・・なんでもないんです・・・・・・私・・・・・・話せません」

「今日は本邸にお泊まりなさい。イーサンは一人で別邸に帰らせます。いいこと? あなたは大事なゴンザレス侯爵家の嫁ですよ。私はあなたの義理の母親です。困ったことがあったのなら、まずは私におっしゃいな」


 イーサン様は私を睨みつけながら小声で「余計なことは話すなよ」と言うと、ボニー様には「レティシアをくれぐれもよろしく頼みます。愛おしい妻ですから」と優しい夫のふりをしてみせた。






 

「私にはわかるわ。正直におっしゃい。なにかあったのよね?」

 イーサン様が帰ると早速、ボニー様が私を抱きしめながらお尋ねになる。


(こうしていると本当のお母様みたい・・・・・・)


 
 じっと黙り込む私と、辛抱強く待つボニー様。私はいよいよ我慢できなくなって、少しづつ言葉を紡いでいく。
「私・・・・・・イーサン様に本当は愛されていないんです・・・・・・イーサン様には恋人がいらして、ずっと離れに住まわせていて・・・・・」

 私は涙が溢れてきて、最後まで言うことができない。それでもボニー様は察したようだ。

「至急、別邸の様子を調べなさい。イーサンには気づかれぬようにね。あの子にはうんざりだわ。なにもかも嘘だったというわけね。レティシア、お聞きなさい。イーサンは私の子ではないわ。私の子は・・・・・・」
 ボニー様は執事を呼び指示を出すと、私に向き直りゆっくりと話し始めた。
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