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番外編ざまぁそのいち 元婚約者のクランシー・ブリスの場合

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※死ぬ場面あります。


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 私の婚約者であるソフィ・ラバジェ伯爵令嬢をゴッサム修道院に送ったとき、私はとても清々しい思いだった。なにもかもが私の理想通りになっていたからだ。

 陰気だが私の言いなりになるソフィは都合の良い妻にぴったりだったし、ココは愛らしく素直で天真爛漫な恋人として手元におけば良い。昔からの男の理想を私は手に入れたのだ。

 私が次期ブリス侯爵になることは幼い頃からの決定事項だった。そんな選ばれた人間である私だからこそ、ソフィやココを自分の望みどおりに動かすことができるのだ。格下の貴族は私のご機嫌をひたすら取っていれば良いんだよ。


 ところが、ソフィはゴッサム修道院で過ごしておらず、なんと隣国のメドフォード王国にいるという。それも、メドフォード国王の弟夫妻の保護を受けて、上流階級の子供たちを教育する教師養成学園エレガントローズ学院に通っていたことがわかった。

 女が学問をする必要がどこにあるんだ? なるべくなら、妻になる女性には余計な知識など身につけてほしくなかった。理由は生意気になるからさ。

 貴族の女性が就ける職業としては、教育者が最も違和感のないことはわかっている。しかし、次期ブリス侯爵夫人になることが決定しているソフィが、教育者になる必要なんて全くないのだ。

 女に妻以外の選択肢を増やしたら碌なことにはならない。少しの我慢もできない我が儘女のできあがりさ。だから、余計な知識や経済力や人生の選択肢なんて与えるべきじゃないんだ!

 ラバジェ伯爵夫妻はココたちとソフィを連れ戻しに向かった。それはラバジェ伯爵家からの使いの知らせで知ったことだ。

 ソフィの奴め! 戻ってきたら朝まで説教してやる。場合によっては乗馬用の小さな鞭で叩いてやっても良いな。これは躾だよ。妻になる女は私の前では常に従順でいるべきで、自分の意思なんて持つべきじゃないんだ。


 それから三ヶ月後のある日。ラバジェ伯爵たちがソフィを連れ帰ることに失敗し、鞭で打たれたのかボロボロになって帰国した。メドフォード国の王族に対する不敬罪やらビニ公爵夫人に対する慰謝料だとかで、恐ろしいぐらいのお金を支払うことを要求されたそうだ。ラバジェ伯爵たちが帰国した翌日、私と両親はシップトン国王に王宮に呼び出された。
 謁見の間にはラバジェ伯爵夫妻とその息子スカイラーに、バークレ男爵夫妻とその娘ココがいた。

「各自の爵位は弟か甥に譲渡せよ。お前たちが持つ財産は全て金銭に換えるのだ。その額がメドフォード王国からの請求額に満たない場合、それを埋めるまで収入源として労働せよ。その過程で過酷な仕事を与えられるかもしれぬが、その苦難はお前たちの罪に見合ったものである。以上だ。出て行け」

 シップトン国王が私たち、ひとりひとりの顔を見てそう告げた。それから、話は終わったとばかりに手で追い払うような仕草をする。

「お待ちください。なぜ、ブリス侯爵家まで爵位がなくなるのですか? メドフォード王国の王族に不敬な言動をしたのはラバジェ伯爵たちです。ブリス侯爵家はなんの関係もありません」

 私はシップトン国王に異議を申し立てた。

「ソフィ嬢はビニ公爵夫人の養女になった。第二王子と婚約するのも近いそうだ。ソフィ嬢はビニ公爵からも実の娘のように可愛がられ、メドフォード国王夫妻のお気に入りだ。そのソフィ嬢に酷い扱いをした覚えがあろう? メドフォード国王からは、ラバジェ伯爵家とバークレ男爵家、ブリス侯爵家の当主を変えずにそのまま存続させておくのなら、国交を絶つという内容の外交書状が届いておる!」

 シップトン国王が私たちへの怒りで顔を歪めた。私たちを奴隷に堕としたい気持ちもあるが、それを必死で我慢しているとまで言われた。

 その結果、ブリス侯爵家の全ての財産は金に換えられ、ソフィへの慰謝料としてメドフォード国に送られた。爵位は叔父上のものになり、私は平民となった。

 仕事を探すにしても、つい昨日まで貴族としてふんぞり返っていたのに、いきなり雇ってくれる商会などない。叔父上は「兄上たちとは縁を切る」と父上に宣言し、ブリス侯爵家が関わっていた業界からは閉め出された。

 もう、誰でもできる力仕事に就くしかなかった。給金も安いから、なり手も少ない「運び手(Porter)」の仕事をした。主に船港や市場で、船の積み荷や荷物を運び、移動させる仕事だ。



 ☆彡 ★彡



 夜明け前の薄暗い港で、数多くの人々が船から荷物を降ろす作業に追われていた。木箱や大きな麻袋に詰められた貴重な商品や食糧は、一人で運ぶことなど到底無理だと思うほど重い。だが、それを一人で運ぶのがこの仕事だ。そのため生傷が絶えないし、いつも肩や腰が痛い。

 時折、私は仲間たちと、疲労のために船上の積み荷作業場から転げ落ちる者や、重い荷物に押し潰される者を見かけた。この現場では怪我人や死人がでるのは当たり前のことになっている。

「はぁーー。こんな日々がいつまで続くんだ?」

 ため息をついた私の足下がぐらつき、バランスを崩して倒れ込む。一瞬の気の緩みが命取りになるのだ。大きな木箱の下敷きになった私からは、おびただしい血が流れた。

「今日はこれで3人目だな。こいつはもう助からねーな」

 仲間たちが私を見て無表情につぶやいたが、教会の施療所にまでは運んでくれた。貧しい者たちは医者を現地に呼びつけることなどできない。無料で手当をしてくれる教会に行くしかないのだ。

 教会の施療所では気休め程度に包帯を巻かれた。ここでは修道女たちが手作りの薬や祈りを用いて簡単な治療を行っていたが、高度な医療は提供できない。

 だんだんと意識が遠のき、このまま一人で寂しく死ぬことに恐ろしさがこみ上げた。私は王命でココと結婚させられていたから、せめて最期にココに会いたいと願う。

 やがて、修道女がココを連れてきてくれ、やっと私は最期の覚悟ができた。しかし・・・・・・

「まぁ、クランシー。この怪我だともうダメね。そうだ! 現場監督に仕事中の死亡時の補償金について聞かなきゃ。いったい、いくらもらえるのかしら」

 やって来たばかりのココは、ちらりと私を見るとそう言って、すぐさま現場監督を探しに教会から出て行った。

 私がバカだった。ソフィをずっと大事に愛してやっていれば、こんな惨めな最期を迎えることは絶対になかったはずだ。自分の愚かさを呪いながら目を閉じた。

 ソフィ! 最期に呼んだ名前は、今はもう手の届かないほど高貴な身分になっている元婚約者なのだった。
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