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18  テレーザ視点

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「この声は間違いなくテレーザだよな? だって君達は名前で呼び合っている。今までさぞわたしを騙して楽しかったかい?」

 悪魔のような低くぞっとする声が夫の喉奥から絞り出された。

「あ、あなた落ち着いて。これはなにかの間違いですわ。こんなもの証拠にはならないわ。だってこれが私だとなぜ証明できるの? 映像もなにもないじゃない? 声だって誰かがものまねしているのよ。わたし達の仲を壊したくてマリアンお姉様が仕組んだのよ」

「なんの為にマリアンさんがそんなことをしなきゃならん?」

 味方だったはずの夫のエルウッドがうなるような声で応じた。

「それは私に嫉妬してですわ。私はマリアンお姉様より綺麗だし、有能だから妬ましく思っていたのでしょうね」

「マリアン義姉さんはあの新進気鋭の画家のマリアンさんだとスネイプ侯爵夫人がおっしゃった。それは確かなお話なのですよね? だとしたら、テレーザに嫉妬するとは思えない」

 エルウッドがスネイプ侯爵夫人に尋ねる。とてもしっかりとした声で、確認しなければならないことを仕事のようにこなしている印象だった。エルウッドの人の良い顔が見たこともないほどこわばっている。

「お疑いならファーガソン画廊に一緒に行っても良いですわよ。オーナー夫妻が証明してくださいます」

 マリアンお姉様は澄ました顔でそう言いながら子猫を撫でた。この猫はあのぬいぐるみにそっくりだ。それにしても、絶対嘘に決まっているわ。

「だったら、一緒にファーガソン画廊に行きましょうよ。絶対に皆がぐるになってわたし達をからかっているのよ。そうよ、これはなにかの悪戯とかそんなものですわよね」

 私はなんとか誤魔化せないかと必死で言ってみるけれど、エルウッドが首を振ってため息をついた。

「スネイプ侯爵閣下が悪戯をしにこんなところまでいらっしゃると思っているのか?」

 え? エルウッドって、もっと私の言うことをそのまま信じるはずなのに。・・・・・・もしかしたら、アレが弱くなっている?

 アレとはその昔、森にピクニックに家族で遊びに行った時に、私が遠くまで勝手に歩いてしまい迷子になったことがあった。

「お嬢さん、水を持っているね? それを少しだけ私におくれよ」
「嫌よ、汚い。水筒が汚れるじゃない」

 私がそんなふうに拒絶していたら、私を探しに来たお姉様が自分の水筒を薄汚れたお婆さんに渡した。ごくごくと美味しそうに飲むとお姉様に小さなガラス玉を渡す。虹色のガラス玉はピカピカと光って綺麗だった。

 その日、夜中にお姉様の部屋に忍び込み、宝物をいれていた箱からこっそり持ち出した。虹色のガラス玉をポケットや小さなポシェットに入れたりしていつも持ち歩いていると不思議なことが起こり始める。私が悪いことをしても
少しも怒られなくなったのよ。代わりになぜかお姉様が怒られた。

「お姉ちゃんのマリアンがちゃんと注意してあげないからテレーザがこんな悪戯をしたのね?」

「お姉ちゃんなのだから我慢してテレーザを優先させなさい」

 すっごく愉快! 私の言うことを全面的にお父様もお母様も信じてくれる。このガラス玉は不思議な宝だった。





 私は昔のそんなことを思いだしながら、ワンピースのポケットをごそごそと探し、虹色のガラス玉が少しだけ曇っているのに気づいた。もしかして、なんらかの不思議な力が弱まっている?

 ワンピースの裾で磨こうとすると、またあの嫌な猫が私に飛びつき大事なガラス玉が床に落ちた。

 パリンッと音を立てて割れたガラス玉を慌てて拾おうとすると砕けた破片で指を切ってしまう。

「あら? それって、昔私がもらったガラス玉じゃない? テレーザが持っていたのね。なくしたと思っていたのに」

「ガラス玉なんかどうでも良いです。テレーザ、そういえば君の言ってたことは今思うと辻褄のあわないことばかりだった気がするよ。まるで夢から覚めたような気分だ」

 エルウッドが私にうさんくさそうな眼差しを向けた。

 まずいわ。あのガラス玉がなければ・・・・・・私はどうなるの?
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