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12 ワトキン視点

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 僕はずいぶん前からテリーザと恋仲だった。だが、テリーザは男性からもてたし、上昇志向がとても強い。

「私、ワトキンが好きだけど、ただの平民で終わりたくないの。私はね、貴族になりたいのよ」

「貴族にだって? どうやってなるというのさ?」

「それはもちろん、私のこの可愛さで玉の輿に乗るのよ」

 僕は捨てられるのかと思ったら、悲しさで胸が張り裂けそうだった。テリーザのことを本当に心から愛しているんだ。うなだれた僕にテリーザは花がほころぶように微笑んだ。

 綺麗で可愛い僕の天使。別れたくないよ。

「安心してよ、ワトキンとはずっと一緒よ。いわゆるソウルフレンド。魂と魂が繋がっているの。だからこれからも愛し合うし、死ぬまで別れないわ。だからね、ワトキンはマリアンお姉様と結婚すれば良いのよ」

「え? なんだって? そんなことできないよ」

「できるわよ。だって、私とマリアンお姉様の容姿はちょっと似ているでしょう? もちろん私のほうがはるかに可愛いけれどね。ねぇ、考えてもみてよ。私達の子供がいずれ貴族の当主になるかもしれないのよ?」

 これは凄いことだ。僕達の子供が貴族様になるかもしれないなんて、考えただけでわくわくするよ! 

 僕は喜んでこの作戦を受け入れた。マリアンはまるで僕達の関係に気づかず、感謝の言葉さえ口にした。脳天気な女さ。



❁.。.:*:.。.✽.

 

 ある日、絵画を扱う画廊仲間から『マリアン』という新進気鋭の画家がいることを教えてもらった。どんな絵なのかをファーガソン画廊のパンフレットを広げながら説明してくれた。見たこともない素晴らしい絵だ。『マリアン』だなんて、僕の妻と同じ名前じゃないか! 

 思わずマリアンにそのことを言いながら、彼女の無能ぶりを笑ってやった。案の定、比べられてさげすまれているにも拘わらず、顔色ひとつ変えない。

 にぶい女だ。

 でもお蔭でテリーザとの仲がばれないで済んでいる。その日、彼女はいつものように外出したが、夕方になっても戻ってこなかった。もしかして朝の嫌味を本当は気づいていて、すねて帰ってこないのかもしれない。しかしどうせマリアンには自由になるお金などない。そのうち戻ってくるだろう。

 閉めたはずの寝室の窓が開いているのを見つけて僕は首を傾げた。その窓を閉めようとして手をかけると、子猫が庭を横切るのが見えた。かなり上等な猫で、どこかマリアンが大事にしていたぬいぐるみに似ている。僕は生き物が苦手だから飼う気はないが、ちょっとだけなら頭を撫でてやっても良い。

「おい、チビ。こっちにおいで。ほら、ミルクをやるよ」
 優しく呼びかけてやると、つぶらな瞳でこちらをじっと見て、トコトコと歩いてきた。

「良い子だ。さぁ、撫でてあげよう」
 手を出した瞬間に鋭い爪で、手の甲を思いっきりひっかかれた。

「くっそ! この野郎! 許さないぞ」

 そう言って追いかけようとしたが、目にもとまらぬ早さで駆け抜けてどこかに消えてしまった。あの子猫はかなり毛並みも良かったし、きっと高く売れそうだったのに!

 僕は自分がミルクに睡眠薬をいれたことも忘れて、それを飲みほし庭でそのまま寝込んでしまった。起きると体中蚊にさされており、痒さで一晩中苦しむことになったのだった。
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