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27 デビュタントに嬉しい婚約発表

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 ゴルボーン王国では16歳から18歳のあいだに社交界デビューをする。アナスターシアが16歳を迎えたちょうど誕生日に、今までにないほどの華やかなデビュタントが催された。

 ダイヤモンド城の大広間は壮麗さの極みで、王国の歴史と栄光を反映しているのだが、国王はこの日のために大広間の内装をガラリと変えさせた。高い天井から吊り下げられた純粋なクリスタルのシャンデリアは、より豪華なものとなり、金色の光を部屋全体に投げかけている。
 壁には剣を握った堂々たる英雄の姿が描かれた。背筋を伸ばし、鋭い目つきで前方を見据えるその姿は、見る者に無限の勇気と力を感じさせた。身にまとった鎧は細部まで精緻に描かれ、シャンデリアの光を受けてキラキラと輝いている。胸には家紋の百合のエンブレムが誇らしげに輝き、その下には無数の戦場での勝利を象徴する勲章が並んでいた。明らかにマッキンタイヤー公爵を象徴する絵になっていた。
 その隣には銀髪の聖女が神に祈りを捧げている様子が描かれている。聖女の長く流れるような銀髪は月の光を受けたように輝いている。髪は柔らかなカールを描きながら肩を越えて背中まで届き、その一房一房が繊細に描かれた。唇は淡いバラ色をしており高い頬骨とすっと通った鼻筋が、彼女の優雅さを際立たせる。顔立ちは整っており、その美しさは他の追随を許さないほどだ。瞳はアメジストのように深い紫色をしており、その瞳の奥には計り知れない知恵と慈愛が宿っている。これも明らかにユーフェミア王女の姿を描いたものであり、その姿はアナスターシアにそっくりであった。
 バラやユリ、遠い異国から輸入された珍しい花々が柱や手すりに絡み、その繊細な香りが空気中に漂う。大広間の中央には、デビュタントのための広々としたダンスフロアが用意された。ダンスフロアの周囲には寛げるエリアが設けられており、そこには豪華なテーブルが配置された。テーブルの上には、金や銀の食器に盛られた美味しそうなご馳走が並び、各国の特産品や高級ワインが揃えられた。
 広間の端には、他国の王族や高位の貴族たちのために、それぞれの身分に応じた席が用意された。彼らは華やかな服装で着飾り、会話を楽しむ。背後には、宮廷の侍従たちが静かに動き回り、飲み物を提供したり、料理を運んだりしていた。

 高位貴族ばかりでなく下位の貴族たちも、今日がデビュタント以外になにか特別なことがあると気づき、ヒソヒソと言葉を交わし始めた。
「いつもと全く規模が違う。貴賓席にはフォードハム国王をはじめ、他国の王族の方でいっぱいだぞ」
「おかしいですな。主だった文官も武官も勢揃いだ。なんと・・・・・・マッキンタイヤー公爵殿が第一王子派に合流なさった」
「しかも、国王陛下も第一王子派の面々にお声をかけ、マッキンタイヤー公爵殿の隣に座ったぞ。カッシング侯爵に聞いてみよう」
 マッキンタイヤー公爵に声をかけづらい下位の貴族たちは、カッシング侯爵のもとに行き、おそるおそる話しかけた。
「カッシング侯爵殿、今日のデビュタントは例年よりだいぶ豪勢ではありませんか? 国王陛下もマッキンタイヤー公爵殿もご機嫌ですし、以前から陛下はマッキンタイヤー公爵殿と仲が良かったですが、今日はさらに親密度が増しています」
「え? おぉ、マッキンタイヤー公爵が第一王子派と談笑するなど珍しい。ちょっと、聞いてこよう」
 カッシング侯爵は第一王子派の集団に合流すると、さも初めからそこにいたように振る舞い始めたが、有力貴族たちは辛辣な嫌味を浴びせた。
「カッシング侯爵はこんなところにいる場合ではないでしょう? 亡きバイオレッタ様より大事にしている平民の後妻の世話をしたらどうです? 実の娘より大事なのでしょう?」
「その連れ子はアナスターシア嬢の持ち物を盗むそうですな? マッキンタイヤー公爵の姪をなんだと思っているのですか? 実の娘より、平民の連れ子を大切にするおつもりなのですか? 信じられない」
 必死で言い訳をすればするほど白い目で見られ、身の置き所がないカッシング侯爵なのだった。



 オーケストラが柔らかで魅惑的なメロディーを奏で始めると、アナスターシアを先頭に社交界デビューする令嬢たちが登場した。アナスターシアの純白のドレスの胸元にはエメラルドが無数に縫い付けられている。この日のために特別に仕立てられたドレスは、もちろんカラハン第一王子の贈り物だった。繊細な刺繍とエメラルドで飾られ、動くたびに光を捉えた。
 髪は華やかに結い上げられ、初代マッキンタイヤー公爵であるユーフェミア王女のティアラを身に着けていた。アナスターシアが優雅に大階段から降りてくる様子を息をのんで見守っていたのは、カラハン第一王子だった。

 アナスターシアがカラハン第一王子と大広間の中央に到達し手を取り合って踊りだす。カラハン第一王子の胸元にはアメジスト色の飾りチーフが輝いており、それはアナスターシアの瞳の色と同じだった。
 勘の良い貴婦人たちは、カラハン第一王子の妃が決まりデビュタントのなかほどで、嬉しい重大発表がなされるのだと確信した。なので、二人のダンスが終わると、次々に声をかけてもらおうとアナスターシアの前に押し寄せる。アナスターシアがこれから大きな力を持つことは、容易に想像できたからである。

「カラハン様。なぜ、私たちはこれほどたくさんの貴族に囲まれているのでしょう?」
「うーーん。私の伯父上も貴賓席にいらっしゃった。各国の主だった王族もだ。だが、なにも私は聞かされていない。それより、今日のアナスターシアは一段と綺麗だよ。私が贈ったドレスを着てくれて嬉しい」
「カラハン様がくださったドレスですもの、当然着ますわ。だって、私たちは・・・・・・」
「わかっている。一蓮托生だよね? だから、アナスターシアに大事な贈り物を準備してある。少しだけ、ここを抜け出してエメラルド城の中庭に連れて行きたい。いいかな?」
「まぁ、なにかしら? すごく楽しみだわ」
 
 二人はエメラルド城に向かった。中庭では優雅な音楽をジュールがヴァイオリンで奏でていた。
「あら、ジュールって音楽の才能もあるのね?」
 アナスターシアが声をかけると、ジュールはにっこりと笑いながらうなずいた。
「私のことはお構いなく。カラハン殿下に集中なさってください。ほら、こちらのテーブルの贈り物です」
 洒落たデザインのガーデンテーブルに赤いビロードが張られた宝石箱が置かれていた。
「開けてみて。私の気持ちが入っている」
 カラハン第一王子が優しい声でアナスターシアに囁いた。アナスターシアが箱を開けると、そこにはアナスターシアの指輪と同じ色合いの、大粒のオパールのネックレスがあった。
「初代のマッキンタイヤー公爵は聖女ユーフェミア王女だった。アナスターシアがつけている指輪の貴石は、ユーフェミア王女が生まれた際に、小さな手が握りしめていたと聞く。私にとってアナスターシアは聖女だし、それ以上の愛おしい存在だよ。ユーフェミア王女に敬意を払い、アナスターシアへの永遠の愛を誓うために、必死で同じ色合いのオパールを探した。どうか受け取ってほしい」

 その時、初めてアナスターシアはカラハン第一王子が、異性として自分を愛していることに気づいた。鈍感といってしまえばそれまでなのだが、アナスターシアにとっては、いつだって命に関わる宝物庫事件回避が目標の生活だった。
「あっ、えーーと、もちろん私とカラハン第一王子は一蓮托生なのですが、愛というよりは友情で・・・・・・」
「しっ。黙って目を閉じて」
 反射的に目を閉じたアナスターシアの唇に、柔らかいカラハン第一王子の唇が重なった。
「まさか、アナスターシアは私をただの友人だと言うのかい? 少しも好きじゃない? 私に逢えたら嬉しく思うことはないのかい? 一緒にいても楽しくない? もし、これから私の顔を二度と見られなくなったとしたら、どうする?」
「もちろん、カラハン様に逢うと嬉しいです。一緒にいたら楽しいわ。二度と顔を見られなくなったら・・・・・・毎日が曇り空みたいに落ち込みます。きっと、大好きなパルフェも美味しく食べられないです」
「ちっ。アナスターシア様。それが恋じゃなくてなんだと言うんです? 自覚なしの『好き好き症候群』ですね。うちの妹に言わせると、とんでもなく惚れ込んでいる、ということになります」
 ジュードがじれったそうに口をはさむ。アナスターシアはジュードの言葉を考えながら、宝石箱からそっとネックレスをとった。
「私が首にかけてあげよう。これをつけたら、もうアナスターシアは私のものだよ」

 今までカラハン第一王子といるとドキドキしていたのは、宝物庫事件を思いだすからだと思っていた。真っ赤に染まった胸元と端正な顔が紙のように白くなっていく瞬間は今でも忘れられない。
(カラハン様があの時のように亡くなったら、私はどうするの?  宝物庫事件の時のように自分が犯人にされなくても、平気でいられるのかしら?)
 アナスターシアはそう思ったとき、毎日のように顔を合わせることが当たり前になっていたカラハン第一王子が急に消えてしまうことに耐えられないことに、ようやく気がついた。
(カラハン様がいないこの先の人生が全く思い浮かばないわ・・・・・・そうよ、これが愛なんだわ)

「私はカラハン様を愛している! そのことに、やっと気がつきました。もちろん、ネックレスはいただきます。どうしよう。嬉しすぎて涙がでちゃうわ。カラハン様、大好きです」
「私も嬉しすぎて泣きそうだよ」
 アナスターシアとカラハン第一王子は抱き合って、再び唇を重ね合わせた。
「国王陛下は私たちの結婚を許してくださるかしら?」
「多分、大丈夫だと思う。アナスターシアの評判も良いし反対する要素がまるでないよ」
「伯父様のほうも大丈夫そうです。カラハン様を『息子のように思っている』とおっしゃっていましたもの」
 指を絡ませながら愛を確かめ合った二人に、ジュードが申し訳なさそうに声をかけた。
「もうそろそろ大広間に戻ったほうが良いですよ。国王陛下やマッキンタイヤー公爵閣下が心配なさいます」
  
☆彡 ★彡 

 カラハン第一王子とアナスターシアが戻った大広間では、やはり国王が二人を探していたようだ。二人に向かって大声で叫んだ。
「カラハン王子、アナスターシア嬢! こちらに来なさい。二人に関することで重大発表がある」

 国王がマッキンタイヤー公爵の隣に立ち、手を上げて静かにするよう合図する。国王は温かく誇らしげな笑みを浮かべながらはなし始め、その声は威厳を持って大広間全体に響き渡った。
「大いなる喜びをもってカラハン第一王子とアナスターシア嬢との婚約を発表する。この結びつきは我々の王国に繁栄と喜びをもたらすだろう」
   大広間は拍手と歓声で沸き、カラハン第一王子とアナスターシアは喜びと承認で迎えられた。二人は驚きに顔を見合わせ、次の瞬間しっかりと抱き合った。

「すごいわ! カラハン様への愛に気づいたと同時に婚約が決まったわ。奇跡ですよね?」
「奇跡、と言うより計画的だと思うよ。ほら、父上とマッキンタイヤー公爵の顔をご覧よ? 悪戯っ子のような顔つきで私たちを見ているだろう?」
 オーケストラは活気あふれる曲を奏で、ダンスフロアは踊るカップルで溢れた。一流のシェフたちの最高の料理が次々と追加され、各所でアナスターシアとカラハン第一王子の未来の幸せと繁栄を祝う乾杯が行われた。

 「バン!」という音とともに、花火が闇を切り裂き、空高く舞い上がる。光の軌跡はまるで銀の矢のように一直線に昇り続けた。そして、その矢が空の頂点に達した時、大輪の花火が夜空に咲き誇り、鮮やかな赤と金色の花びらが輝きながらゆっくりと消えていった。
 続いて次々と打ち上げられる花火が、夜空を彩る。青、緑、紫、そして虹色の光の花々が競い合うように咲き乱れた。
 大きな円形の花火、小さな星が連なる尾を引く花火、まるで滝のように流れ落ちる光のしずく、それぞれが異なる形と色で人々を魅了した。

 ひとしきり花火が終わった後で、貴賓席に座るフォードハム国王からお祝いの言葉が述べられた。『フォードハム王国の都市ゴルドミラをカラハン第一王子に婚約祝いとして贈る』という内容で、貴族たちを驚かせた。

 これにはハーランド第二王子もショックを受けていた。
(兄上ばかりが良い思いをするのか。賑わいと商業の中心地として繁栄しているゴルドミラを譲るなんて、そんなに甥が可愛いのか? アナスターシアも兄上もいい気なものさ。ふたりとも偉大な伯父がいるから得ばかりしている。この世はなんて不公平なんだ! アナスターシアの商会なんて潰れろ! 兄上は落馬でもして大怪我をすればいい。二人とも、思いっきり不幸になってしまえ!)

 婚約発表がなされフォードハム国王の祝いの言葉の後には、ハーランド第二王子のもとに集まる貴族はほとんどいなかった。大貴族たちは皆カラハン第一王子を囲み、我先にと祝福の声を伝えていたのだった。

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