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2 お姉様なんて嫌いよ!
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その二日後、ワイアット様は花束を持ってウォーク公爵家にやって来た。
「カトレア嬢にこの花束を差し上げます!」
出迎えた私の前を素通りして、ワイアット様はお姉様に薔薇の花束を差し出した。
「まぁ、ありがとうございます。とても綺麗なお花ですこと」
「はい! これはエルズバー伯爵家の庭園で咲かせた大輪の薔薇でして、珍しい品種なのです。この艶やかな花はカトレア嬢にこそ似合います」
「あら、それはどうも」
お姉様がほんの少し微笑めば、満足そうに耳まで真っ赤に染めるワイアット様。私の両親はそれを見てもなにも言わずただ微笑んでいた。
5人でお茶を飲む。ダージリンの芳しい香りも、この状況では楽しめない。だってソファに座る位置がそもそもおかしい。私とお姉様は向かい合って二人掛けソファに座った。私の両親は3人掛けのソファに隣り合って座る。他に一人掛けソファも二人掛けソファも空いているのに、ワイアット様はお姉様の隣に座ったのよ。
「お砂糖はどのくらい入れますか? レモンは浮かべます?」
しかもお姉様の紅茶に砂糖を自ら入れようとするワイアット様。私はもちろん自分で黙って入れた。
「砂糖もレモンも入れませんわ。ミルクをほんの少し垂らすだけですの」
お姉様は普段通りだ。それを聞いたワイアット様はミルクをお姉様のティーカップに注ぐ。
(お願いだから怒ってよ! お姉様は正義感が強くて、きっちり物事の善し悪しをつける方だったはずなのに)
私の期待は虚しくお姉様は、はっきりとした拒絶の言葉は口にせず、その紅茶を飲み干すと執務室に消えていく。
「これから当主に向けてのお勉強がありますの。ゆっくりしていらしてくださいませね。ティベリア、あなたの絵を見せてあげたらどうかしら? 離れのアトリエに案内してさしあげたら?」
そんな言葉を残して去って行くお姉様の姿を、ワイアット様は名残惜しそうに見つめていた。
私はお姉様の提案を受け入れ、ワイアット様を離れに案内した。
「ふーん。趣味にしては上手ですね。でも、貴族の女性にとっては刺繍やレース編みなどが良いのではないですか? ところで、お姉様は語学も堪能で5カ国語が話せるというのは本当ですか?」
「はい、本当ですわ」
「すごい! あれだけ美しい上に聡明だとは驚きですよ。次期ウォーク公爵かぁ。素晴らしいですね? お姉様の婚約者はどなたですか?」
ワイアット様は私には少しも興味がないようだ。まるで自分が透明人間になったのかと思うくらいに気にもかけてもらえない。
「お姉様の婚約者はまだ決まっておりませんわ」
そう教えてあげると、彼はとてもはしゃいで満面の笑みでこう言った。
「え! 本当ですか? それはありがたい!」と。
翌日もワイアット様はやって来た。今度は市井ではやっているという話題のスイーツを手に持っていた。やはり出迎えた私の前は素通り。真っ直ぐにお姉様の元に向かい、お菓子を恭しく差し出した。
「カトレア様に差し上げたくてこうして参りました。女性に大人気のお菓子ですよ」
「まぁ、ありがとうございます。とても美味しそうですわね」
お姉様はやはり今回も拒絶なさらない。そうしてお菓子を広げ私にも食べるように勧めた。
「ほら、ワイアット様が私達の為に買ってきてくださったお菓子よ。皆でいただきましょうね」
お姉様は大きなお菓子を切り分けてくださった。お姉様はいつも優しい。綺麗な物や可愛い物、美味しい物は絶対に私にくださる。分けられるものなら半分づつ、分けられない物はそのまま私にくださったのよ。それは幼い頃から変わらない。
「いいえ。これはカトレア様だけの為に買ってきたものです」
そんなワイアット様の言葉は宙に浮くけれど、お姉様はワイアット様に注意をしない。お母様もよ。そしてお父様も、どうしてなにもおっしゃらないの?
(ワイアット様の言動は怒るべきことでしょう? 私の婚約者にあるまじき発言なのに、家族の皆がそんなに平然としていたら、私は怒ることも泣くこともできないわ)
「まぁ、美味しいわね」
(お菓子を楽しむお姉様の横顔はとても美しいけれど、他に言うべき言葉はないの?)
そうしてその数日後、ワイアット様はエルズバー伯爵夫妻を伴い再び我が家を訪れた。
「僕はカトレア様に結婚を申し込む為に、こうして両親と一緒に来させていただきました。一目惚れしてしまったのです。僕には弟もおりますので、こちらに婿入りもできます! 僕をカトレア様の婚約者にしてください」
ワイアット様は床に膝をつけ、お姉様に向けて手を差し出した。私の両親は静観していたし、お姉様はほんの少し笑ったわ。
「まぁーー、面白い」
まるで人ごとにようにそうおっしゃったの。私はお姉様を見損なったわ。
(面白い? お姉様はこの状況を楽しんでいるの? 私はこんなに辛い思いをしているのに?・・・・・・嫌い、お姉様なんて嫌いよ!)
「カトレア嬢にこの花束を差し上げます!」
出迎えた私の前を素通りして、ワイアット様はお姉様に薔薇の花束を差し出した。
「まぁ、ありがとうございます。とても綺麗なお花ですこと」
「はい! これはエルズバー伯爵家の庭園で咲かせた大輪の薔薇でして、珍しい品種なのです。この艶やかな花はカトレア嬢にこそ似合います」
「あら、それはどうも」
お姉様がほんの少し微笑めば、満足そうに耳まで真っ赤に染めるワイアット様。私の両親はそれを見てもなにも言わずただ微笑んでいた。
5人でお茶を飲む。ダージリンの芳しい香りも、この状況では楽しめない。だってソファに座る位置がそもそもおかしい。私とお姉様は向かい合って二人掛けソファに座った。私の両親は3人掛けのソファに隣り合って座る。他に一人掛けソファも二人掛けソファも空いているのに、ワイアット様はお姉様の隣に座ったのよ。
「お砂糖はどのくらい入れますか? レモンは浮かべます?」
しかもお姉様の紅茶に砂糖を自ら入れようとするワイアット様。私はもちろん自分で黙って入れた。
「砂糖もレモンも入れませんわ。ミルクをほんの少し垂らすだけですの」
お姉様は普段通りだ。それを聞いたワイアット様はミルクをお姉様のティーカップに注ぐ。
(お願いだから怒ってよ! お姉様は正義感が強くて、きっちり物事の善し悪しをつける方だったはずなのに)
私の期待は虚しくお姉様は、はっきりとした拒絶の言葉は口にせず、その紅茶を飲み干すと執務室に消えていく。
「これから当主に向けてのお勉強がありますの。ゆっくりしていらしてくださいませね。ティベリア、あなたの絵を見せてあげたらどうかしら? 離れのアトリエに案内してさしあげたら?」
そんな言葉を残して去って行くお姉様の姿を、ワイアット様は名残惜しそうに見つめていた。
私はお姉様の提案を受け入れ、ワイアット様を離れに案内した。
「ふーん。趣味にしては上手ですね。でも、貴族の女性にとっては刺繍やレース編みなどが良いのではないですか? ところで、お姉様は語学も堪能で5カ国語が話せるというのは本当ですか?」
「はい、本当ですわ」
「すごい! あれだけ美しい上に聡明だとは驚きですよ。次期ウォーク公爵かぁ。素晴らしいですね? お姉様の婚約者はどなたですか?」
ワイアット様は私には少しも興味がないようだ。まるで自分が透明人間になったのかと思うくらいに気にもかけてもらえない。
「お姉様の婚約者はまだ決まっておりませんわ」
そう教えてあげると、彼はとてもはしゃいで満面の笑みでこう言った。
「え! 本当ですか? それはありがたい!」と。
翌日もワイアット様はやって来た。今度は市井ではやっているという話題のスイーツを手に持っていた。やはり出迎えた私の前は素通り。真っ直ぐにお姉様の元に向かい、お菓子を恭しく差し出した。
「カトレア様に差し上げたくてこうして参りました。女性に大人気のお菓子ですよ」
「まぁ、ありがとうございます。とても美味しそうですわね」
お姉様はやはり今回も拒絶なさらない。そうしてお菓子を広げ私にも食べるように勧めた。
「ほら、ワイアット様が私達の為に買ってきてくださったお菓子よ。皆でいただきましょうね」
お姉様は大きなお菓子を切り分けてくださった。お姉様はいつも優しい。綺麗な物や可愛い物、美味しい物は絶対に私にくださる。分けられるものなら半分づつ、分けられない物はそのまま私にくださったのよ。それは幼い頃から変わらない。
「いいえ。これはカトレア様だけの為に買ってきたものです」
そんなワイアット様の言葉は宙に浮くけれど、お姉様はワイアット様に注意をしない。お母様もよ。そしてお父様も、どうしてなにもおっしゃらないの?
(ワイアット様の言動は怒るべきことでしょう? 私の婚約者にあるまじき発言なのに、家族の皆がそんなに平然としていたら、私は怒ることも泣くこともできないわ)
「まぁ、美味しいわね」
(お菓子を楽しむお姉様の横顔はとても美しいけれど、他に言うべき言葉はないの?)
そうしてその数日後、ワイアット様はエルズバー伯爵夫妻を伴い再び我が家を訪れた。
「僕はカトレア様に結婚を申し込む為に、こうして両親と一緒に来させていただきました。一目惚れしてしまったのです。僕には弟もおりますので、こちらに婿入りもできます! 僕をカトレア様の婚約者にしてください」
ワイアット様は床に膝をつけ、お姉様に向けて手を差し出した。私の両親は静観していたし、お姉様はほんの少し笑ったわ。
「まぁーー、面白い」
まるで人ごとにようにそうおっしゃったの。私はお姉様を見損なったわ。
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