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68 みんなに味わってほしい

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 その匂いは甘く独特で、なんとも言えない魅力があった。私たちは好奇心に駆られ、その香りの源を探しに中庭へと向かった。さきほどの蕎麦を打つところは見学していたけれど、まさか中庭でも鰻職人が奮闘していたなんて知らなかった。

「デリア嬢、あれを見てください!」と、ナサニエル様がもくもくと煙のあがっている方向を指し示す。

 中庭の片隅で、頭にタオルを巻いた男性が大きな炭火の上で網を使い、なにかを焼いていた。あたりにはなにかの皮がパリパリに焼ける音が心地よく響いている。
 私たちはその香りに導かれるように、男性のもとへと歩み寄った。彼は一心不乱に仕事を続けており、その姿はまさに職人技だった。

「これが鰻です。我が国でも非常に人気の高い魚でして・・・・・・」
 皇太子殿下が自慢気に説明を始めた。

「このような香ばしい匂いは初めてだぞ!」
 神獣様はすっかり興奮していたわ。

 私も鰻を初めて見る。その輝く皮と見るからにジューシーそうな身に瞳が吸い寄せられる。食欲はすでに蕎麦と天ぷらで満たされていたはずなのに、その匂いは私の心を揺さぶった。

「デリア嬢、試食してみませんか?」
 皇太子殿下に食べるように促された私は頷き、職人が差し出した焼きたての鰻を一口食べる。その味は私の想像を遥かに超える美味しさだった。外はカリカリで中はふっくらとしており、甘辛いタレが絶妙に絡んでいた。

「これは…・・・信じられない美味しさです!」
「我もその珍味を味わう」
 神獣様もそう言いながら、鰻を一口食べた。彼の目は驚きと喜びで輝いた。

 中庭で立ったまま焼きたての鰻を試食した私たちは、そのあまりの美味しさに驚いていた。お母様は「こんなに美味しいなんて、もっと早く知りたかったわ!」と言い、お父様は「確かに、これは特別な味だ」と冷静に分析していた。


 ☆彡 ★彡


 食事が済むと私たちは満足して、サロンで寛いだひとときを楽しんだ。外はすっかり夜が深まっている。サロンの大きな窓から外を見ると、グラフトン侯爵家の広大な庭園に、月の光が静かに降り注いでいた。夜空は澄み渡り、無数の星がきらめいている。庭園の木々は月光に照らされ、幻想的な影を地面に落としていた。

 遠くには庭師が手入れをした美しい花壇が見え、その花々が夜風にそっと揺れていた。風は静かで、窓ガラスを通じて聞こえるその音は、まるで自然の調べのように心地よかった。

 庭園の一角には小さな池があり、その水面は月光に照らされて銀色に輝いている。時折、池の水が風にそよいで、波紋を描いていた。とても気持ちの良い夜だった。

「グラフトン侯爵閣下、ある提案があります」と、ナサニエル様のベルベットのような深みのある声がサロンに響いた。お父様は温和な表情でナサニエル様を見つめた。

「何だね、ナサニエル君?」

「私たちが味わった鰻、そして蕎麦と天ぷらをグラフトン侯爵家の事業とし、魔法騎士団員や平民の方々にも食べやすい価格で提供することを考えてはいかがでしょうか? これほど美味しい物なので、たくさんの人々に気軽に味わってほしいです」
 私はナサニエル様の提案に内心で感動していた。彼はいつも周りの人々を思いやる心を持っている。

 お母様は目を輝かせながら、「それは素晴らしいわね。こういった珍しい物はとても高額で取引されて、到底庶民の口には入りませんけれど、なんとかしてみんなに食べさせてあげたいですね」とおっしゃったわ。

「ナサニエル君、良い提案だと思うよ。人々の健康と幸せを考えるのも、高位貴族であるグラフトン侯爵家の役割だからね」
 お父様も大賛成よ。
 
 その時、皇太子殿下が優雅に声をかけた。
「グラフトン侯爵家のこうした取り組みは、国全体に良い影響を与えるでしょう。私も全力でサポートしますよ。鰻は我が国でも高級になりすぎて、特別な時にしか食べられない民も多いのですよ。協力しあって、だれでも鰻が楽しめる世界になると素晴らしいです」

「鰻の養殖を大規模に行い、生産コストを下げる。養殖技術の改善や効率的な飼育方法の導入により、供給量を増やし価格を抑えることが重要ですね。それから・・・・・・」
 さすがナサニエル様はすぐに解決策を次々と思いつく。このような有意義な会議は、後日エレナ王女殿下も交えて
話し合われ、東洋の国でも大きな改革がされていくのだった。

 さて、国王陛下が催した貴族会議での結果、ナサニエル様に与えられた爵位は・・・・・・

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