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62 民を思う皇太子殿下
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皇太子は黒い髪と瞳だった。一重の切れ長の目は一見すると怖かったけれど、話し始めると柔らかな表情に変わり、イシャーウッド王国の言葉もスラスラとお話になる。
「我が国には魔法がないので、こちらの国が羨ましいです。最近は大きな地震に襲われ津波の被害も甚大で、民たちのことを思うと夜も眠れません。イシャーウッド王国ではどのように対処されているのですか?」
皇太子らしく民のことを一番に憂い、私たちの国の自然災害対策を熱心に質問なさった。
「地震の多い地域において、魔法使いたちは土魔法を用いて地盤の強化を行います。地震が発生する前に、土魔法を使って地下の地盤を強化し、建物が揺れても安定した基盤の上に立っていられるようにするのですわ」
私の話した内容は魔法使いが一人もいない国ではなんの参考もならない気がしたけれど、無難な言葉を選びながら与えても良い情報を答えた。
「地下の地盤の強化ですか。それは魔法以外ですることは可能なのだろうか」
「地盤を強化するためには、杭や鋼管などの支持材を地下に打ち込む方法がありますよ。これにより、地盤の密度や強度を向上させ、地震時にも安定性を確保できます。地盤改良の一環として、地下に均一に安定性をもたらすために地盤改良剤を混ぜ込む方法もあります。これにより、地盤の粘土や砂の性質が改善され、揺れに対する抵抗力が向上します」
お父様は魔法がない国でもできることとして、イシャーウッド王国で生産している地盤改良剤や、杭や鋼管などの支持材を勧めた。それらは魔法の要素を加えたもので、魔法使いがいない国でも使うことができる。
実は私もそのつもりで、さきほどの発言をしていた。お父様は国際協力という形で無償でそれらを提供し、国同士の信頼関係を築こうとしていたのよ。
「もっと、確実に民を守れる方法はないのでしょうかね?」
皇太子殿下は魔法の要素を混ぜ込んだ材料よりも、もっと強力で効果的な方法の提案を望んだ。
「確実に守るには古代魔法を使いこなせる大魔法使い様がひとりいればいいかもしれませんね。それか、土魔法、風魔法、水魔法、火魔法の優秀な使い手が四人いれば大丈夫かも」
お父様の部下のモーリス文官が、冗談まじりにそのようなことを言った。お父様はぎろりと睨んだけれど、彼は得意げに説明を始めた。
「風魔法の使い手は震度軽減の風のバリアを作るのが得意です。強い震度の地震がきた場合、風魔法を駆使して空中に風のバリアを形成します。このバリアは地震波を受け流し、建物や人々に加わる影響を和らげます。風の力で揺れを吸収し、周囲への振動を最小限に抑えるのです」
「私にとっては、風魔法への理解はちょっと難解な気がします。水魔法ならだいたい想像ができます。おそらく水を自由自在に操ることができるということは、海の水も操れるということですよね。津波の発生を抑えられるということでしょう? とすれば、火魔法は火山の噴火を抑えるということですかね? 実に素晴らしい」
頭の良い方で、すっかり魔法の力に興味を持たれたようだった。
「そのような高い魔法の能力を持つ方々はどこに行けば会えるのですか? また、その能力は生まれつきなのでしょうか? それとも訓練施設のようなものがあって、そこで能力を伸ばしていくのですか?」
子供のように目を輝かせて、私たちにお尋ねになった。
答えたくなさそうなお父様に、私も嫌な予感がして口をつぐんだ。その昔、魔法のない国がイシャーウッド王国の魔法騎士団員を拘束して、自国に連れて帰ろうとした事件が思い浮かんだからよ。けれど、あの迂闊なモーリス文官が、またもや軽く口を滑らせた。
「魔法騎士団という素晴らしく優秀な若者が在籍する騎士団があります。我が国の誇りですよ。特に素晴らしい力がおありになるのは、外務大臣のデリアお嬢様の恋人の……」
私はこのときほど頭にきたことはなかった。この場でナサニエル様の名前を出す必要なんてないはずよ。私の怒りと動揺が炎の精霊を私の手元に呼び寄せた。
(お母様のような能力が、私にもあるみたいだわ。もちろん、私は膨大な火の玉も放つことができるのだけれど)
とりあえず、このモーリス文官には、この先あまり余計なことを言わない様に、アドバイスしなければいけないと思った。そう思っただけなのに、小さな炎は「おしゃべり男」の言葉を作り始めて、彼の腕にゆっくりと舞い降りようとしていた。
お父様は視線だけで私の作り出した炎を消してくださったわ。あぶなかった。高貴な方の前で、あやうく魔法を披露してしまうところだった。それも、ちょっと意地悪なお仕置き魔法を。
「素晴らしい! 今のは私に魔法の力を見せてくださったのですね? デリア嬢のさきほどの炎はとても綺麗でした。それを消滅させた外務大臣殿の魔法も素晴らしい! だが、モーリス文官の服がパリンパリンに凍っているようですよ。あぁ、口ひげに霜が降りている。楽しいショーをありがとうございます」
モーリス文官はなにが起きたかわからず混乱していたし、皇太子殿下だけが嬉しそうに笑っていたのだった。
「我が国には魔法がないので、こちらの国が羨ましいです。最近は大きな地震に襲われ津波の被害も甚大で、民たちのことを思うと夜も眠れません。イシャーウッド王国ではどのように対処されているのですか?」
皇太子らしく民のことを一番に憂い、私たちの国の自然災害対策を熱心に質問なさった。
「地震の多い地域において、魔法使いたちは土魔法を用いて地盤の強化を行います。地震が発生する前に、土魔法を使って地下の地盤を強化し、建物が揺れても安定した基盤の上に立っていられるようにするのですわ」
私の話した内容は魔法使いが一人もいない国ではなんの参考もならない気がしたけれど、無難な言葉を選びながら与えても良い情報を答えた。
「地下の地盤の強化ですか。それは魔法以外ですることは可能なのだろうか」
「地盤を強化するためには、杭や鋼管などの支持材を地下に打ち込む方法がありますよ。これにより、地盤の密度や強度を向上させ、地震時にも安定性を確保できます。地盤改良の一環として、地下に均一に安定性をもたらすために地盤改良剤を混ぜ込む方法もあります。これにより、地盤の粘土や砂の性質が改善され、揺れに対する抵抗力が向上します」
お父様は魔法がない国でもできることとして、イシャーウッド王国で生産している地盤改良剤や、杭や鋼管などの支持材を勧めた。それらは魔法の要素を加えたもので、魔法使いがいない国でも使うことができる。
実は私もそのつもりで、さきほどの発言をしていた。お父様は国際協力という形で無償でそれらを提供し、国同士の信頼関係を築こうとしていたのよ。
「もっと、確実に民を守れる方法はないのでしょうかね?」
皇太子殿下は魔法の要素を混ぜ込んだ材料よりも、もっと強力で効果的な方法の提案を望んだ。
「確実に守るには古代魔法を使いこなせる大魔法使い様がひとりいればいいかもしれませんね。それか、土魔法、風魔法、水魔法、火魔法の優秀な使い手が四人いれば大丈夫かも」
お父様の部下のモーリス文官が、冗談まじりにそのようなことを言った。お父様はぎろりと睨んだけれど、彼は得意げに説明を始めた。
「風魔法の使い手は震度軽減の風のバリアを作るのが得意です。強い震度の地震がきた場合、風魔法を駆使して空中に風のバリアを形成します。このバリアは地震波を受け流し、建物や人々に加わる影響を和らげます。風の力で揺れを吸収し、周囲への振動を最小限に抑えるのです」
「私にとっては、風魔法への理解はちょっと難解な気がします。水魔法ならだいたい想像ができます。おそらく水を自由自在に操ることができるということは、海の水も操れるということですよね。津波の発生を抑えられるということでしょう? とすれば、火魔法は火山の噴火を抑えるということですかね? 実に素晴らしい」
頭の良い方で、すっかり魔法の力に興味を持たれたようだった。
「そのような高い魔法の能力を持つ方々はどこに行けば会えるのですか? また、その能力は生まれつきなのでしょうか? それとも訓練施設のようなものがあって、そこで能力を伸ばしていくのですか?」
子供のように目を輝かせて、私たちにお尋ねになった。
答えたくなさそうなお父様に、私も嫌な予感がして口をつぐんだ。その昔、魔法のない国がイシャーウッド王国の魔法騎士団員を拘束して、自国に連れて帰ろうとした事件が思い浮かんだからよ。けれど、あの迂闊なモーリス文官が、またもや軽く口を滑らせた。
「魔法騎士団という素晴らしく優秀な若者が在籍する騎士団があります。我が国の誇りですよ。特に素晴らしい力がおありになるのは、外務大臣のデリアお嬢様の恋人の……」
私はこのときほど頭にきたことはなかった。この場でナサニエル様の名前を出す必要なんてないはずよ。私の怒りと動揺が炎の精霊を私の手元に呼び寄せた。
(お母様のような能力が、私にもあるみたいだわ。もちろん、私は膨大な火の玉も放つことができるのだけれど)
とりあえず、このモーリス文官には、この先あまり余計なことを言わない様に、アドバイスしなければいけないと思った。そう思っただけなのに、小さな炎は「おしゃべり男」の言葉を作り始めて、彼の腕にゆっくりと舞い降りようとしていた。
お父様は視線だけで私の作り出した炎を消してくださったわ。あぶなかった。高貴な方の前で、あやうく魔法を披露してしまうところだった。それも、ちょっと意地悪なお仕置き魔法を。
「素晴らしい! 今のは私に魔法の力を見せてくださったのですね? デリア嬢のさきほどの炎はとても綺麗でした。それを消滅させた外務大臣殿の魔法も素晴らしい! だが、モーリス文官の服がパリンパリンに凍っているようですよ。あぁ、口ひげに霜が降りている。楽しいショーをありがとうございます」
モーリス文官はなにが起きたかわからず混乱していたし、皇太子殿下だけが嬉しそうに笑っていたのだった。
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