あなたを解放してあげるね【本編完結・続編連載中】

青空一夏

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14 もっと笑ってほしいのよ

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 私はクラーク様と婚約破棄をした。カタレヤ様の忠告どおり身を引いた形となったが、グラフトン侯爵家がクラーク様に援助したお金は、利息付きできっちり回収することになった。もちろん、慰謝料も請求したが、スローカム伯爵家からはおかしな手紙がきただけだった。

『スローカム伯爵家はクラークと縁を切り勘当しましたので、今は息子ではなく他人です。ですから、スローカム伯爵家が慰謝料を払う義務はありません』

 このような文面に、お父様は呆れお母様は笑いだす。

「なんというおバカさんでしょう。勘当したから息子の責任はとらないですって? スローカム伯爵家の事情なんて、グラフトン侯爵家には関係ないわ」



 ☆彡 ★彡



 グラフトン侯爵側が法的手段に訴えると警告してから数日後、まばゆいほどの金髪で、すらりとした男性がグラフトン侯爵家にいらっしゃった。

 彼の瞳は深海のような神秘的な美しさを持っており、その色はターコイズブルーとエメラルドグリーンが絶妙に混ざり合っていた。思わず見とれる美しさよ。くっきりとした二重の目は少年のようでもあり、鼻筋は高く形の整った唇は、思わず手で触れてみたくなるほど魅力的だった。

 彼はクラーク様のお兄様でナサニエルと名乗った。お父様に会える日を自ら聞きにくるなんて律儀な方だ。貴族の当主に面会できる日時を伺いに来るのは、普通なら使用人の仕事だ。

 私は門扉を開けさせ並んで屋敷まで歩いた。高身長で背筋がピンと伸び、歩幅が大きい。彼の服は体にぴったりとフィットし、細身のシルエットがとても洗練されている。上半身の僅かな筋肉が服の下で揺れ、その微妙な動きが彼の力強さを際立たせていた。

 それにしても、顔色が酷く悪いわ。

 青白くて今にも倒れそう。

 とても素敵だけれど、ちょっぴり痩せすぎな気がするわね。

 サロンにご案内してお母様も呼んだところで、三人でお茶をいただいた。ナサニエル様は上品な仕草で紅茶を口に含んだ。悲しく沈んだ顔が一瞬だけ明るく輝く。ほんの少しだけ微笑んだかんばせは極上の美しさだった。



 これって、国宝? いいえ、世界的な至宝よ。イシャーウッド王国だけでは収まらないわ。もっと、笑顔を見せてほしい。悲しそうな顔をしないで。



 それなのに、お母様はナサニエル様を責めるようなことばかりを言うのよ。ナサニエル様はひとつも悪いことをしていないのに。こんなの、理不尽すぎる。

   お母様に「ナサニエル様を虐めないで」と言った自分に驚いた。でも、黙って見ていることはできなかった。


   庭園をお散歩しながら、彼は赤い薔薇が好きだと語った。そのときの彼の横顔は整った輪郭を描き、海色の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。彼は高潔で優雅ながらも、孤高の存在になりたいと静かに口にした。微笑むと頬に浮かぶほのかな影が、内に秘められた孤独を浮かびあがらせる。

 私が感じた大輪の赤い薔薇に持つイメージが似ていたし、そのようになりたいと語るナサニエル様を応援したい。そして、私も同じような存在になりたいのよ。



 この方が婚約者だったら良かったのに。
 ナサニエル様となら、きっと幸せになれたのに。



 会ってまもないくせに、そんな感情を持ってしまった自分に呆れた。でも、クラーク様でなくこの方となら、お父様とお母様のような夫婦になれた気がしたわ。

 スローカム伯爵家がナサニエル様を粗末に扱っている話も聞けて、なんともいえない悲しい気持ちになってしまう。

 長男が霞むからって夜会にも出させないなんて・・・・・・スローカム伯爵夫妻は愚かすぎる。しかも、ナサニエル様は家庭の温かさを知らないから結婚する気がないなんて言いだした。

 こんなことを聞いて、彼をこのまま帰すわけにはいかないわよ。

 空を見上げれば綺麗な夕焼けで、深いオレンジや紅色が広がり徐々にピンクや紫へと変化していく様が美しい。色とりどりの絵の具を混ぜ合わせたような華やかな空に比べて、ナサニエル様のまわりだけが暗く沈んで見えた。

 温かい家庭を知らないか・・・・・・もうすぐディナーの時間になるわね。だったら、一緒に食事をしていったら良いのよ。楽しくおしゃべりしながら美味しいものを食べれば、ナサニエル様も少しは元気になるわ。


 ナサニエル様は放っておけない。私は彼に、もっと笑ってほしいのよ!




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