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4 アイリス・ハービィ女公爵視点(マリアの母)

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あたくしはお姉様のダーシーが幼い頃から大嫌いだった。嘘つきで損得だけで生きていて、なんでも自分の都合のいいようにしか解釈できない人間だったから。あたくしは遠い昔のことを思い出す。



「ぎゃぁーー! お許しください! 申し訳ありません」
ダーシーお姉様の専属侍女が鞭で打たれている場面は珍しいことではなかった。

「なにごとですか! この侍女が何をしたというのです」
駆けつけたあたくしにダーシーお姉様は、ふん! と鼻を鳴らした。

「こいつは私の手にお湯をはねさせたのよ。紅茶を淹れるだけなのにハービィ公爵家の跡継ぎの手に火傷させるなんてお仕置きが必要だわ! 不器用な侍女はいらないのよ」

ダーシーお姉様の手は少しも赤くなっていないし、お湯をこぼした形跡もなかった。

「火傷なんてしてませんよね? なぜそんな嘘をつくのですか?」

「嘘ではないわ。お湯が確かに2滴ぐらいはねたのよ! アイリスには関係ないでしょう?」

そこへ私達のお母様がやって来て、なぜ侍女を鞭で打っているのか尋ねてきたわ。それに対して姉は、

「お母様! アイリスは鬼です。私の侍女に鞭を打つように言ったんですよ!」と、叫んだ。

鞭を打っていたダーシーの侍女も打たれていた侍女も、うつむいて反論もしないでいる。この世界は長子が家督を継ぐのよ。だから、姉のダーシーの言うことは使用人には絶対だった。

「嘘ですわ、お母様! お姉様は嘘つきです」
私がどんなに言っても、侍女達がダーシーの言うことを認めるのだから悪者は私になった。

「アイリス! しばらく王室管理下の修道院で預かっていただきなさい! 修道院長はとても厳しい曲がったことがお嫌いな方です。そこで少し修行なさい。跡継ぎでないにしてもそのようなことでは困ってしまうわ。アイリスは学業も優秀で期待していたのに残念です」

「はい・・・・・・」

10歳のあたくしは修道院に1年預けられて戻って来たわ。それからのダーシお姉様は味をしめてなんでもあたくしのせいにするようになった。悪いことをした姉の代わりに怒られるのはいつもあたくしだった。


やがて年頃になったあたくしがよからぬパーティに参加して遊びまわる不良公爵令嬢だと噂がたつようになった。

「アイリス! お前は勘当よ! 恥ずかしい。ハービィ公爵令嬢のご乱交ってこの写真はなんなの!」

ゴシップ貴族雑誌に掲載された私のように見える銀髪のその女は、タバコを吹かし酒を飲み複数の男に囲まれていた。その服装が下着姿なのには驚き呆れた。

「お母様、これはあたくしではありません!」
何度言っても信じてもらえず勘当されかけたあたくし。悔しくて情けない思いでいっぱいだった。

それと同時にあたくしと仲の良いモニカ王女殿下の素行の悪さも有名になり、私達はあらぬ噂を立てられ四面楚歌の状態だった。

「おかしいわよ。夜遊びなんてしていないのに、なぜこのような写真が出回るの? しかも後ろ姿や横向きの画質の悪いものばかり。私達になりすましたこの女は誰なの?」
泣きはらしたモニカ王女殿下に私は意を決して告白した。

「大変お恥ずかしいお話ですが多分これは姉のダーシーの仕業です」

そこでモニカ王女殿下の専属騎士だったルーバンがダーシーお姉様をマークして、あたくしのドレスを着て銀髪のカツラを被りいかがわしいパーティに参加する写真を隠しどってくれた。王女殿下は黒髪だったからそのカツラもダーシーの部屋からは見つかったのよ。

「なぜこのようなことをしたの!」
お母様の怒りはすさまじく、王家からもモニカ王女殿下の風評を著しく貶めたと抗議があいついだ。

「だって、夜遊びが楽しくてやめられなかったのですもの! この美しすぎるピンクの髪と瞳ではハービィ公爵家の跡取り娘だって一目でわかっちゃう。だから、複数のカツラと色付きコンタクトレンズを揃えていただけじゃない。別に特定の人間を嵌めようなんて思ってなかったわよ」
お母様にもため口で反論するダーシーお姉様の心臓の強さはある意味尊敬だ。

「お母様、今まであたくしを叱っていた原因はすべてお姉様の仕業ですわ。なぜ、この世界は長子の言葉ばかりを信じるのかしら! だから、こんな馬鹿なことがまかり通るのだわ」
ルーバンが撮った証拠の写真があってはお母様もあたくしを信じるしかなく、それをきっかけとしてダーシーの専属侍女達が次々と告白し出した。

「公爵様の宝石がなくなった事件はダーシーお嬢様の命令で私が盗んだものです。ダーシーお嬢様はそれを市井で売り払って遊興費にしておりました」

「アイリス様の猫、サフランはダーシーお嬢様の命令で森に捨ててきたのは私です」

「公爵様のお気に入りのグラスはダーシーお嬢様がふざけて割りましたが、アイリス様のせいにされました」

「ダーシーお嬢様は妊娠されておりました。それもどなたの子かわからないとおっしゃっておりました。ですから堕胎のお手伝いを・・・・・・」

最後の侍女長の告白は致命的だった。これほどのことをしてはもうお母様も庇えない事態。

「な、なんですってぇ~~!! ダーシー! 堕胎は最も犯してはならない罪だということを知らないの? この国では堕胎は子殺し、大罪ですよ。なんという恐ろしいことを・・・・・・子殺しの罪で処刑されないうちにこの屋敷を出なさい。せめてもの情けです。お前はもうハービィ公爵家の跡取り娘ではない。王家にはこちらから報告しておきます。ハービィ公爵家も王家の血筋、ダーシーを勘当し貴族籍からも外せば子殺しの罪は伏せて追求もしないでしょう。さぁ、荷物をまとめて即刻出て行きなさい!」

子殺しの罪は大罪だ。それが貴族、まして手本ともなるべき王家の血筋を引くハービィ公爵家の跡継ぎがしたとあっては、公になればハービィ公爵家はお取り潰しダーシーお姉様は断頭台だ。あたくしだとて、その妹ということでこの先の人生は真っ暗だ。

お母様はダーシーお姉様を勘当するしかなかった。それでも、かなりのお金を持たせて市井の治安の悪くない場所に住めるようにはしたらしい。それからは姉妹の交流もなく、当然だが嵌められ続けたあたくしは二度とあのダーシーお姉様に会うつもりも関わるつもりもなかったのだ。

ところが姉夫婦は亡くなりその娘を引き取る羽目になった。よく調べると姉はこの男と籍も入れておらず、男には別の家族がいるようだった。

相変らず自堕落な姉だったというわけだ。男達からお金を巻き上げて生活していたようであたくしは一緒に事故で亡くなった男の家族から慰謝料まで請求された。

姉とは赤の他人になったはずだが姪であるジュリアを放り出すわけにもいかず、成人するまではと屋敷に置くことにしたのだった。平民学園にもろくに行っていない子だから家庭教師をつけ、ドレスは華美なものは与えないようにした。

なるべく平民らしく生活させなければ自分を貴族と勘違いしてこの先困るはずだから夜会にも出させない。貴族社会から追放されたダーシーお姉様が産んだ父親が誰ともわからない私生児が夜会や舞踏会に出られるわけもないのだ。

成人したら市井に雑貨店でも持たせ、生活に困って身売りなどしないようにしてあげるつもりでいた。姉のダーシーのようにはなってほしくない。

でも、反感しか抱いてなさそうなその瞳と横柄な態度にあたくしは戸惑っていた。だからといって、姉ダーシーの愚かな今までの悪行をジュリアに教えるつもりもない。ハチャメチャな姉とはいえ亡くなった者を今更貶める必要もない。

あたくしはそう思っていたのだった。それがジュリアの誤解をここまで深めているなどとは思わずに・・・・・・

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