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私はカステジャノス侯爵家のフランソワーズ。私には2歳下の妹、ベッツィーがおり、彼女は天真爛漫で金髪碧眼の可愛い子だ。
「お母様、だぁーい好き! だから、新しいドレスを買って」
ベッツィーのおねだりは必ず叶えられた。
「お兄様、学園のお休みには市井に連れて行ってくださいませ。お兄様は令嬢達の憧れですから、私はお兄様と街を歩くと鼻高々なのですもの!」
可愛らしく微笑むベッツィーにお兄様は、照れながらもしっかりと頷く。
その様子を満足げに眺めるお父様。カステジャノス侯爵家の家族はこれで完璧な完成形だ。
そう、私だけが余計な人間なのだ。
このカステジャノス侯爵家では皆が金髪碧眼で私だけが違う。私の髪と瞳は淡い水色でとても珍しい。父方のカプシーヌお祖母様にそっくりだ、とお母様は顔をしかめる。
お母様のお気に入りは自分にそっくりなベッツィーだ。お父様もお兄様もベッツィーが好き。甘え上手で朗らかで明るいから。
それに比べて私は家族に煙たがられる厄介者だった。
「陰気で部屋に籠もってばかり! 女の子のくせに難しい本を読む頭でっかちな子よね? なんでカプシーヌお義母様に似たのかしら? あたくしの子どもであって、そうではないみたい」
お母様は私の姿が嫌いだ。私の声も性格も多分全てが嫌い。
「なぜ、そんなに私を嫌うのですか?」
幼い頃、一度尋ねたことがある。
「そうね、その髪と瞳や声もすべてが、私の嫌いな人にそっくりなのよ。だから、多分フランソワーズがなにをしても、あたくしは好きにはなれないわ」
きっぱりとした拒絶だった。この髪と瞳そして声や性格すべてを否定されたら、この世界に生きていていいのかすら不安になる。
17歳になった今では、もう自分は愛される価値のない人間なのだと思い込むようになっていた。妹は王立学園にお兄様と通うが、私だけは家庭教師が屋敷に来た。
「フランソワーズは醜いから学園に通わない方がいいわ。きっと同級生から虐められますからね」
部屋にある鏡を見ても自分が醜いとは思えなかったけれど、何度もお母様に言われると本当に醜い気がしてくるから不思議だ。
家庭教師の先生と専属侍女のマグノリアだけが私を褒めてくれる。美しさと知性に恵まれていながらも理不尽に冷遇されている、と泣いて悔しがってくれたけれど・・・・・・もうすっかり慣れてしまった。
私は外の世界を知らない。だから、自分よりも妹が優遇されすぎていることをおかしいとは思わない。それだけ自分が劣っているということだから。
妹が15歳になった。両親はマクシミリアン様と婚約させる。彼はリュシュパン公爵家の嫡男である。銀髪アメジストの美男子で大金持ちだ。
「お姉様にはまだ婚約者がいないのに。ごめんなさいね。私ばかりが幸せになってしまって。でも、可愛い子は幸せになる権利があるから仕方ないわよね? マクシミリアン様ってすっごくお金持ちだし、かっこいいのよ。私よりひとつ上の16歳なの。どう、羨ましいでしょう?」
ベッツィーが得意げに自慢する様子に私は素直に「おめでとう!」と言った。
「ふーーん。悔しくないの? 自分には婚約者もいないのよ? なんで泣いて悔しがらないのよ? つまらないお姉様ね!」
「・・・・・・」
「まただんまり。すぐに黙って、なんにも言わなくなるのって卑怯だと思わない? 自分の意見も言えないなんて、情けないお姉様ね! そんなことだから学園に通わせてもらえなかったのよ」
「・・・・・・」
「ばっかみたい。少しは言い返せば楽しいのに」
「ダメだよ。こいつは貴族のプライドが無いんだ。普通なら妹にここまで言われたら、怒鳴りつけてもいいのに。フランソワーズ、お前は負け犬なんだよ」
「・・・・・・」
二人とも呆れて去って行くのをひたすら待つ。以前、反論した時にはベッツィーは泣いたし、フランクお兄様は烈火の如く怒った。それからお母様がやって来て、私にこう言った。
「罰としてお夕飯抜きです!」
そんなことが3回ほど起きて、私は口答えをしないことを学んだ。なにもかも我慢すれば、そのうち収まって平穏が訪れる。それが私の望む形の平穏ではないにしても、嵐が通り過ぎるのをじっと黙って待つことが、一番早くベッツィー達から解放される方法だったのだ。
(鳥に産まれれば良かった。こんな家族のもとから飛び立って、遠い世界で自由に生きる。そんなことができる存在になりたかった)
転機は思わぬこところからやってくる。マクシミリアン様が原因不明の病気に侵され、寝込んでしまわれたのだ。痩せ細り目がくぼみ、ミイラのようになってしまったマクシミリアン様に、ベッツィーは婚約者の座を降りたいと言い出した。
「リュシュパン公爵家に婚約解消を言い出せるわけがないでしょう?」
「だけど、嫌だもん。あんなガリガリのみっともない男なんて夫にできない! 絶対嫌よ」
「困ったなぁ。こちらからは申し上げられるはずもない。あちらの方が格上であるし、なにより既に金銭的援助を受けておる」
「金銭的援助ですか? 父上それは初耳です」
「あぁ、マクシミリアン様が病気にかかってすぐに、リュシュパン公爵閣下が申し出てくださった。カステジャノス侯爵家領地の作物収穫が、前年度に比べてだいぶ落ちていることを憂慮くださったのだ。支援金を頂き、それはもう領民に配ってしまっておる。領民を飢えさせることがあってはならないからな」
「なんでよ? そんなお金なんて貰ったら、私は逃れられないじゃない! お父様のバカ! 私に領民達の犠牲になれと言うの?」
この状況を黙って見ていた私に、ベッツィーは初めて気がついたように、ニヤリと笑った。
「ねぇ、お姉様! お姉様には、ちょうど婚約者がいないわね? マクシミリアン様を譲ってあげるわよ。ね、妹からのプレゼントよ。受け取ってちょうだい」
「お母様、だぁーい好き! だから、新しいドレスを買って」
ベッツィーのおねだりは必ず叶えられた。
「お兄様、学園のお休みには市井に連れて行ってくださいませ。お兄様は令嬢達の憧れですから、私はお兄様と街を歩くと鼻高々なのですもの!」
可愛らしく微笑むベッツィーにお兄様は、照れながらもしっかりと頷く。
その様子を満足げに眺めるお父様。カステジャノス侯爵家の家族はこれで完璧な完成形だ。
そう、私だけが余計な人間なのだ。
このカステジャノス侯爵家では皆が金髪碧眼で私だけが違う。私の髪と瞳は淡い水色でとても珍しい。父方のカプシーヌお祖母様にそっくりだ、とお母様は顔をしかめる。
お母様のお気に入りは自分にそっくりなベッツィーだ。お父様もお兄様もベッツィーが好き。甘え上手で朗らかで明るいから。
それに比べて私は家族に煙たがられる厄介者だった。
「陰気で部屋に籠もってばかり! 女の子のくせに難しい本を読む頭でっかちな子よね? なんでカプシーヌお義母様に似たのかしら? あたくしの子どもであって、そうではないみたい」
お母様は私の姿が嫌いだ。私の声も性格も多分全てが嫌い。
「なぜ、そんなに私を嫌うのですか?」
幼い頃、一度尋ねたことがある。
「そうね、その髪と瞳や声もすべてが、私の嫌いな人にそっくりなのよ。だから、多分フランソワーズがなにをしても、あたくしは好きにはなれないわ」
きっぱりとした拒絶だった。この髪と瞳そして声や性格すべてを否定されたら、この世界に生きていていいのかすら不安になる。
17歳になった今では、もう自分は愛される価値のない人間なのだと思い込むようになっていた。妹は王立学園にお兄様と通うが、私だけは家庭教師が屋敷に来た。
「フランソワーズは醜いから学園に通わない方がいいわ。きっと同級生から虐められますからね」
部屋にある鏡を見ても自分が醜いとは思えなかったけれど、何度もお母様に言われると本当に醜い気がしてくるから不思議だ。
家庭教師の先生と専属侍女のマグノリアだけが私を褒めてくれる。美しさと知性に恵まれていながらも理不尽に冷遇されている、と泣いて悔しがってくれたけれど・・・・・・もうすっかり慣れてしまった。
私は外の世界を知らない。だから、自分よりも妹が優遇されすぎていることをおかしいとは思わない。それだけ自分が劣っているということだから。
妹が15歳になった。両親はマクシミリアン様と婚約させる。彼はリュシュパン公爵家の嫡男である。銀髪アメジストの美男子で大金持ちだ。
「お姉様にはまだ婚約者がいないのに。ごめんなさいね。私ばかりが幸せになってしまって。でも、可愛い子は幸せになる権利があるから仕方ないわよね? マクシミリアン様ってすっごくお金持ちだし、かっこいいのよ。私よりひとつ上の16歳なの。どう、羨ましいでしょう?」
ベッツィーが得意げに自慢する様子に私は素直に「おめでとう!」と言った。
「ふーーん。悔しくないの? 自分には婚約者もいないのよ? なんで泣いて悔しがらないのよ? つまらないお姉様ね!」
「・・・・・・」
「まただんまり。すぐに黙って、なんにも言わなくなるのって卑怯だと思わない? 自分の意見も言えないなんて、情けないお姉様ね! そんなことだから学園に通わせてもらえなかったのよ」
「・・・・・・」
「ばっかみたい。少しは言い返せば楽しいのに」
「ダメだよ。こいつは貴族のプライドが無いんだ。普通なら妹にここまで言われたら、怒鳴りつけてもいいのに。フランソワーズ、お前は負け犬なんだよ」
「・・・・・・」
二人とも呆れて去って行くのをひたすら待つ。以前、反論した時にはベッツィーは泣いたし、フランクお兄様は烈火の如く怒った。それからお母様がやって来て、私にこう言った。
「罰としてお夕飯抜きです!」
そんなことが3回ほど起きて、私は口答えをしないことを学んだ。なにもかも我慢すれば、そのうち収まって平穏が訪れる。それが私の望む形の平穏ではないにしても、嵐が通り過ぎるのをじっと黙って待つことが、一番早くベッツィー達から解放される方法だったのだ。
(鳥に産まれれば良かった。こんな家族のもとから飛び立って、遠い世界で自由に生きる。そんなことができる存在になりたかった)
転機は思わぬこところからやってくる。マクシミリアン様が原因不明の病気に侵され、寝込んでしまわれたのだ。痩せ細り目がくぼみ、ミイラのようになってしまったマクシミリアン様に、ベッツィーは婚約者の座を降りたいと言い出した。
「リュシュパン公爵家に婚約解消を言い出せるわけがないでしょう?」
「だけど、嫌だもん。あんなガリガリのみっともない男なんて夫にできない! 絶対嫌よ」
「困ったなぁ。こちらからは申し上げられるはずもない。あちらの方が格上であるし、なにより既に金銭的援助を受けておる」
「金銭的援助ですか? 父上それは初耳です」
「あぁ、マクシミリアン様が病気にかかってすぐに、リュシュパン公爵閣下が申し出てくださった。カステジャノス侯爵家領地の作物収穫が、前年度に比べてだいぶ落ちていることを憂慮くださったのだ。支援金を頂き、それはもう領民に配ってしまっておる。領民を飢えさせることがあってはならないからな」
「なんでよ? そんなお金なんて貰ったら、私は逃れられないじゃない! お父様のバカ! 私に領民達の犠牲になれと言うの?」
この状況を黙って見ていた私に、ベッツィーは初めて気がついたように、ニヤリと笑った。
「ねぇ、お姉様! お姉様には、ちょうど婚約者がいないわね? マクシミリアン様を譲ってあげるわよ。ね、妹からのプレゼントよ。受け取ってちょうだい」
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