レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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14章:四人の約束

#7-7

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 私と寧々も一口、そのスープに口を付けた。その瞬間、言葉を見失ってしまった…。“美味い”その一言が、出てこない。そんな事を言う暇があるのなら、この味を隅々まで、味わっていたい…。そんな感情の方が強い…。
 「だから、比べるなと言ったろ…。俺の料理は、超一流だからな…。」
 広瀬さんはそう言うと、中華鍋に残ったままのエビチリのソースを指で掬い、舐めた。
 「これはこれで、出汁が効いていて、確かに美味いが、決定的な違いがあるな…。」
 「調味料、ですか?」
 寧々がそう言った。
 「正解…。だが、少し違うな…。俺は別に特別な調味料や、材料を使った訳ではないがな…。」
 「調理の時に出た“油”ですか?」
 立花さんも答えた。中華料理では、和食でいう所の“出汁”の感覚で、様々な風味を持った“油”を使う。有名なのは、葱系の野菜から風味を取った、『葱油―ツォンユー』。大蒜を主体とした、『マー油』等、様々だ…。

 「正解…。野菜や海老を上げたときに出た、純度の高い“油”を”出汁“として使わせて貰った。それで、より深みが出て、尚且つメインの料理の邪魔はしない味が出てくる。」
 広瀬さんが言っていることは、何となくだが分かる。だが、スープの見た目だけでは、“油”が目立っていない…。寧ろ、透明度が高く、器の底の模様が見える程だ…。具材も、溶き卵と若布と、特別訳でもない…。
 これだけ、純度の高いスープに油を入れるとなると、多少なりとも、味にしつこさが出てくる筈なのだが、このスープに限っては、それがない…。まるで、日本料理の“出汁”を使った時のそれに近い様な感覚だ…。
 「どうやって、こんなにあっさりとした味を出せるんですか?」
 私がそうたずねると、広瀬さんは軽く笑った。
 「香織は知らないかもしれないが、油は、よく燃えるんだぜ?」
 「油が燃えるくらい、私でも知っています…。それと、どう関係が…。」
 その疑問に答えたのは、彩だった。
 「燃やすことで、匂いだけ、スープに着けたんですね…。
 要するに、フランベと同じ原理で、香味油を勢いよく燃やして、スープそのものに、風味付けしただけ…。味事態は、普通の家庭でも作れるような、シンプルな味だよ…。」
 彩のその言葉を聞き、もう一度、スープを口に含んだ…。相変わらず、味わい深い…。だが、確かに、味そのものは、特別美味しいものではない…。コーヒーの銘柄を区別できる私の舌なら、その違いが、はっきりと判る…。
 「まさか、風味だけでここまで、化かされるなんて…。」
 立花さんが、悔しそうにそう言った…。
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