レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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14章:四人の約束

#3-4

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 彼が、そう言った直後、今まで静かだった中庭に、虫の声が、響いた。虫については、余り、詳しくないが、鳴き方からして、おそらく、螽斯の仲間だろう…。
 「広瀬さんの方は、変らずで、安心しました。」
 そう言うと、また、彼は鼻で笑った。
 「この数か月で、俺が変わっちまったら、それはそれで、一大事だろ。」
 私も、つられて笑った。こんな他愛もないただの、会話が、ここで働き始めた頃から、ずっと好きだった。何かについて、語り合う訳でもなく、ただその時思い付いたことを、話す。それに、広瀬さんは、無視することなく、何かしらの方法で、返してくれる。その時の気分や、流行りの話題を振っても、必ず、答えてくれる。だから、初対面の時から、彼とは、気軽に話せた、数少ない人だった。
 そんな、いつもと変わらない、会話を続けていると、急に、煙草を吸う手を止め、こちらを見詰めていることに気が付いた。
 私は、咄嗟に、視線を逸らした。
 「な、何ですか?」
 絞りだす様に、そう彼に訊ねた。
 「いや…。前より、随分、笑う様になったなぁ、と思ってな。」
 「そ、そうですか?」
 正直、私自身、そんな自覚などない。ただ、確かに、前より、人と話すのが好きになったのは、最近よく思う様になった。
 「その自覚が、無いってことは、それ程、心身共に、余裕が出来てきたって、証拠じゃねぇのか?まぁ、よく知らんけど…。」
 そう言うと、広瀬さんは、煙草の火を携帯灰皿にしまい、立ち上がった。
 「そろそろ、戻らんと、麻由美のお嬢が、心配しますぜ。」
 そう言い残し、彼は、近くにあった扉から、建物の中に入っていた。
 それ程広くない、中庭に、虫の鳴き声だけが、響き渡った。
 独りで居ることに、慣れていた筈なのだが、少し、寂しさを覚えたのは、久々だった。


 宮本香織。別に、彼女の事を、嫌いになった訳では無い…。寧ろ、あの娘と居ると、何と言うか、いい意味で、ペースを乱されるから、気持ちが楽になる。だから、きっと、友人として、好きなのだろう…。
 ただ、今は、少し、距離を置きたかった。今の彼女ではなく、“自分”が嫌いだ。あれだけ、“困ったときは自分を頼れ”と、大見得切ったのに、いざという時、私は、一歩も動けずにいた。
 言い訳ではないが、彼女が溺れかけたとき、お姉の姿と重なってしまった。それが、怖くて私は、動けなかった。頭のどこかで、“助からない”と諦めた自分がきっと、居たのだろう…。そんな自分にも、恐怖を抱いたのは、つい最近だった。
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