レトロな事件簿

八雲 銀次郎

文字の大きさ
上 下
228 / 309
14章:四人の約束

#3-3

しおりを挟む
 エレベーターを使うより、階段で下まで降りて行った方が、目立つことなく、移動出来る。だから、いつも、独りで行動するときは、防火扉で、廊下と仕切られている、この階段を使っている。今回も、この薄暗い階段を降り、中庭に向かった。
 一回に降りると、日中、日の光が、あまり当たらなかったのか、少しひんやりとしており、肌寒ささえ感じた。
 中庭に続く扉を開けると、コーヒー豆の様な、香ばしい香りが漂ってきた。
 煙草の煙の匂いというのは、正直あまり好きではない。だが、彼の蒸かす煙草の匂いだけは、嫌いにはなれなかった。
 どうも、“手巻き煙草”という物で、葉の種類や、量を自分で調整できる煙草らしい。彼の吸っている物は、更に、葉だけでなく、コーヒーの粉を混ぜ、香りを出しているらしい。
 「数か月しか、立ってねぇのに、本当に久しいな。」
 広瀬さんは、身を隠す様に、大きな庭石の根元の部分に、しゃがみ込み、例の煙草を蒸かしていた。
 「本当ですね…。」
 私も、彼の隣にしゃがみ込み、空を見上げた。
 敢えて、先に言っておくが、広瀬さんとは、特別な関係など一切ない。強いていうのならば、中庭仲間というくらいだろう…。
 私がこの中庭が、好きなように、彼もまた、此処が好きらしく、いつも一人で、この位置で、煙草を蒸かしていた。その姿が、私の部屋の位置からは、見えてしまう。その姿を、眺めていたら、それに気が付いた、彼の方から、下に降りてこないかと、誘われたのが、切っ掛けだった。
 「上手くやって行けてるのか?」
 彼はそう言うと、吸い終わった、煙草を、携帯灰皿に居れ、二本目を巻き始めた。
 「まぁ、何とかやっては行けてます。バイトとか、勉強とかで、毎日が忙しいですが…。」
 私が、そう答えると、鼻で笑われた。
 「フ…。」
 「何ですか?」
 「いや、お前さんが、勉強とは、随分と真面目さんになったなぁと、思ってな…。」
 確かに、私は、どちらかというと、勉強は、苦手だ。だからと言って、全くしない訳では無い。寧ろ、苦手なだけであって、嫌いな訳では無い。だから、高校生の時から、ちゃんと、自分なりに、勉強は、してきていた。
 だから、そんな小馬鹿にされる筋合いはない…。
 「すみませんね…。普段真面目に、見えなくて…。」
 ワザと、不貞腐れた様な、声で、そう答えた。
 「悪い悪い、そこまでいじけるとは、思わなかったな…。」
 そう言と、彼は、咥えた煙草に、火を着け、一気に蒸かした。
 やはり、コーヒーの香りが、ほんのりと漂った。
 
 「上手くやれている様で、良かった。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

刑事の夜話

江木 三十四
ミステリー
超ショートショートです。主に、刑事の福田君が妻のみさとさんに仕事について聞かせている話です。今後は、別の設定の話も書いていく予定です。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

スパイだけが謎解きを知っている

AAKI
ミステリー
世界的スパイ、荒尾が日本に帰ってきた。早速諜報の仕事に従事しようかというのに、ことごとく事件現場に居合わせてしまう。活動に支障が出るのに目立てない。荒尾は行く先々で出会うヒロインこと沖を探偵役にしたて、さらも様々なスパイ道具も駆使して事件を解決していく。敏腕諜報員とジャーナリストの奇妙なタッグが送るコメディミステリ。

処理中です...