レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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番外編:1今井真香の事件簿

#12

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 「流石、勉強しているだけはありますね。日陰干しのコーヒーは、旨みと甘みが、普通の豆よりも強く、香りも芳醇…。抽出と言うよりは、出汁を取る。そんな感覚に近いです。」
 古川氏が、更に補足する。
 「しかし、よくそんな貴重な豆、置いて居るね…。」
 「この間、馴染みの問屋で、入荷したと聞いて、直に取り寄せました。私も、ブレンドで使うのは、初めての試みなので、未知の部分も、あります。」
 「そんな貴重な豆、私なんかの注文で、使ってよろしいんですか?」
 柳子が少し、遠慮がちに訊ねた。だが、その言葉の裏には、期待のこもった、歓喜の声も少しばかり、混ざっていそうだ。
 「問題ありません。お客様の、満足のいく一杯が、完成するのであれば、希少であろうと、貴重であろうと、珈琲で商売している以上は、出し惜しみなんて、致しません。」
 「失礼な話、万一私が、そのコーヒーを、気に入らないとなれば、ただの、淹れ損になりますよ…。」
 「その時は、その時です。ただ、私もこの道長いので、大きく外すなんてことは、無いと思います。」
 そう言いながら、最後の瓶の中身を、小皿に移した。
 「ホンジュラスです。今まで出した三種のコーヒーに比べて、味や風味の、偏りが少ない、中性的な、コーヒーですが、他の三種を、上手くつないでくれると思い、淹れさせて頂きます。」
 そう言うと、四枚の小皿の中身を、それぞれ瓶に戻した。
 「香織様は、お湯を準備してください。私は、その間、配分を、決めますので。」
 「解りました。」
 
 店内は、再び静かな、空間へと切り替わった。聞こえてくる音は、水の入った、ケトルを火にかけている音と、柱時計の振り子の音。それから、端の方で、“自称”作家さんが執筆しているのであろう、パソコンのキーボードを叩く音。BGMとして流れている、jazzのミュージック…。
 私の仕事場である、社長室も、それなりに静かだが、偶に飽きる事がある。ここを見習って、偶に、BGMを流しながら、仕事をすることもあるのだが、どうも、集中力を欠いてしまう。
 「それにしても、香織ちゃん流石ね…。私、“陰干し”なんて、知らなかった…。」
 カウンター内の流し台で、小皿を洗っていた、香織ちゃんにそう言った。
 「私も、言葉を聞いたことがある程度で、そこまでの工程とかは、全く知りませんでした…。」
 柳子も落胆した様な、感心した様な、どちらにも取れそうな言葉で、そう話した。
 「実は、私も、知ったのは、つい最近、この店に、入荷した時に、九条さんに教えて貰いました。」
 はにかみつつ、そう答えた。
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