レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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13章:香織と少年の交換日記

6-7 母子

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 「九条様、フルシティローストを、お使いになられましたね。」
 
 フルシティロースト。コーヒー豆の焙煎度合いを表す言葉である。本来、焙煎度合いは、『浅煎り』『中煎り』『深煎り』の三段階で、示されるのが、一般的だ。だが、それを、8段階に、細分化することが、可能だ。フルシティローストは、その内の一つで、『深煎り』に、分類される。
 位置づけ的には、浅煎りから数えて、6段階目。私たちが普段、コンビニや、缶コーヒーなどで、目にする、レギュラーコーヒーの、1、2段階、上の深さだ。
味としては、ほんの少しの酸味が残り、後は、苦味とコクが強く出てしまう。完全に酸味が無くなってしまえば、エスプレッソやカプチーノなどの、イタリアンコーヒーとして、使えるので、扱いやすい…。
 だが、フルシティローストの場合、酸味が少し残ってしまっており、それを誤魔化すために、生クリームを入れた、ウィンナーコーヒーやミルクなどを入れる事が、多い。
 そのため、ストレートで、フルシティローストを、お客様に出すことは、まずない。
 あるとすれば、“通”な常連客程度だ…。
 
 「流石古川さん。見て分かったんですか?」
 九条さんが、観念した様に、述べた。
 「いえ、私が、覗いたときには、既に、お湯が注がれた後でしたので…。」
 そう言うと、古川マスターは、自分の鼻を、右手の人差し指で、軽く撫でた。
 「匂いで、分かりました。」
 焙煎度合いを、匂いで確認できる人物など、そうそういない…。ましてや、横で私が同じ銘柄で、コーヒーを入れていたにも、拘らず…。
 「相変わらず、凄い嗅覚ですね…。」
 「フルシティローストの匂いは、意外と、独特ですので…。」
 だけど、一つだけ、まだ納得できない点がある…。
 「その、フルシティロースト?と、粗挽き、何の繋がりがあるんですか?」
 私の疑問を、代弁してくれたのは、賢太君のお母さんだった。
 それに、答えたのは、九条さんだった。
 「味は、多い方に全体が傾きます。ですが、少数派が、ゼロになることは、ありません。」
 カウンター越しに、不思議そうな顔で、先ほどから、私たちの会話を聞いていた、賢太君に、視線を移し、彼は、話を振った。
 「賢太君。ピーマン食べられますか?」
 すると、賢太君は、首を横に振った。
 「ピーマン、苦手…。」
 そして、今度は、母親の方に、話を振った。
 「でも、細かく刻んで、炒飯とか、卵料理とかに、混ぜれば、食べてくれるでしょ?」
 そして、母親は、首を大きく縦に振った。
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