レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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13章:香織と少年の交換日記

6-6 母子

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 「手が止まっているよ?」
 私の手元を見た、彼が、そう言った。そう、これは、“勝負”。相手に見取れて、負けたなんて、最低な、言い訳だ…。
 私は、自分の、目の前にある、ドリッパーに、視線を戻した。
 ポコポコと、ガスが、抜け始めている、豆の海の中央に、垂直に、ケトルのお湯を、注ぐ。すると、最初の一滴が、サーバーに、滴り落ちた。それを合図に、ケトルで、円を描く様に、回し。更に、注いでいく。
 それを、3度程繰り返すと、芳しい、コーヒーの香りが、強くなり、私の作業は、終了した。
 一方で、“待ち時間”がある、フレンチプレスは、気長に、その時が来るのを、待っていた。だが、現時点で、香りでは、ほぼ互角。いや、僅かだが、確実に、フレンチプレスの方が、強めな気がする。
 「これは、勝負ありですかな?」
 私の背後で、古川マスターが、そう呟いた。
 「いえ、まだ味が、残っています。」
 そう。彼は、コーヒー豆を“粗挽き”で、入れている。それが、吉と出るか、凶と出るかは、私には、分からない。最後の判断は、賢太君のお母さんに、委ねられている。
 彼の腕時計のアラームが鳴り、プレスを開始した。
 ゆっくり、じっくりと、下げられていく、フィルターは、砂時計のそれに、少し似ている…。
 抽出が完了し、私は白、九条さんは、青色のコーヒーカップに、それぞれの、コーヒーを淹れ、女性客の前に出した。
 見た目は、特に変わらない。強いて言えば、私の淹れたコーヒーの方が、若干、濃い色をしている。
 「では、頂きます。」
 彼女は、それぞれの、コーヒーカップを受け取り、匂い嗅いだ。その時、少し驚いた様な顔をした。そして、いよいよ、白いカップの淵に、口を付け、啜った。そのあとに、青いカップ…。
 「これは、明らかですね。」
 彼女は、そう言うと、青いカップをカウンターの上に置いた。
 「味、香り共に、彼の圧勝です。」
 少し、申し訳なさそうに、そう告げた…。
 そんなに、違う物なのか。私は、そう思い、彼の、コーヒーを、一口頂いた。
 香りも、味も、しっかりと輪郭を、成しており、口触りが良い。更に、粗挽きであることから、かなり酸味の効いたものだと思ったが、そうではなく、あっさりとした、味に落ち着いている。
 それに比べ、私のコーヒーは、決して、不味い訳では無いが、味も香りも、強すぎる。そのため、お互いが、邪魔し合い、何とも言えない、物だった。
 「そんな…。」
 「そうでしょうね。」
 ショックを隠し切れない、私に対して、古川マスターが、そう言った。
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