レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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13章:香織と少年の交換日記

5-1 虫の知らせ

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 翌日、賢太君は、11時半頃、学校の宿題を引っ提げて、店にやってきた。
 正午直前だったこともあり、店内は伽藍としていたが、私と古川マスターは、来たるその時の為に、厨房と倉庫、カウンター周りの整理、消耗品の補充、ホールの清掃などで、忙しかった。だから、賢太君の相手をしている暇は、無かった。私が、ホールと厨房を行ったり来たりしている間、彼は大人しく、カウンター席の奥で、『算数』の宿題をこなしていた。
 そして到頭、その時がやってきた。客層は、近くで働く、OLやショッピングの休憩として、やって来る、主婦などの女性が多い。そのため、昼時は、大いに混雑する。男性客なら、サッと注文し、サッと食べ、サッと出て行ってくれるのだが、女性となると、そうはいかない…。
 食前から食後まで、会話する時間の方が長く、どれだけ、回転率を上げても、絶対的に掛かってしまう、時間が出てきてしまう…。まして、食後の一杯が付いた、メニューになると、尚更…。
 早い所、テイクアウトが、実装されれば、少しは、こういうところも、改善されるのではないかと、少し期待もしている…。

 結局、ひと段落し、着いた時には、14時になろうとしていた。
 カウンター内の丸椅子に腰かけ、足を延ばした。準備時間と、片付け時間も含めれば、三時間近く、動き続けていることになるため、足が浮腫んでくる。
 「お姉ちゃん、凄いね…。」
 「何が?」私が脹脛をほぐしていた時、賢太君が、そう口を開いた。
 「あの人数の注文、間違わない所…。僕だったら、殆ど覚えられないや…。」
 感心した様に、答えた。年下とはいえ、他人に褒められるのは、悪い気はしない…。
 「今は、何とか出来てるけど、働き始めたときは、結構大変だったんだよ?」
 注文間違えたり、テーブルを間違えたり…。だが、それでも、今日まで続けてこられたのは、古川マスターたちの助けがあったのも、そうだが、常連さんたちのお陰でもある。
 ここに来る、常連さんたちは、不思議と、優しい人ばかりで、ちょっとの失敗なら、笑って許してくれる。要望こそは、言う物の、文句を言ったり、クレームを付けたりすることもない…。
 そんな、人達だからこそ、自然と顔も覚え、『いつもの』メニューも、記憶しやすくなる。だから、今の私にとっては、注文内容を、覚えることは、左程難しいことではない…。
 「人は、独りでは成長できないからね…。周りに助けてもらって、支えてもらって、やっと、一人前になって行きます。
 賢太様も、このお姉さんの様に、きっとなれますよ。」
 その時、格子戸が、ガラガラと弱い音を立てて、開いた。
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