レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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12章:眩しさ

10 約束

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 「私は、清水さんで、良かったです。」
 「…え?」
 「今まで、親類なんてものに、何も期待していませんでした。
 最も、最近までは、碌な友人や知人もいなくて、毎日が空しく過ぎていくだけ…。
 それが変わって、信頼できる人たちが、現れてくれた。こんな私でも、嫌いにならずに、受け入れてくれる、友人がいる…。
 それだけで、十分だと思っていました。
 でも、やっぱり、そんな人たちにも、頼れる家族や、想う親族が居たりで…。
 そんな環境が、私にとっては、羨ましくて…。そう思う、自分自身も、情けなくて。」
 心の奥底に眠らせていた、感情を目の前にいる、私にとっての、唯一の『親類』に向かって、吐き出した。
 次第に、胸の奥が苦しくなってくるのを、感じた。
 「私にも、気にかけてくれる『親友』だけでなくて、こうやって、思いの丈を打ち明けられる、頼もしい、肉親が欲しかった…。ないものを強請ったって、意味がない事は、知っています…。
 自分の想いだけは、誰にも言えなかった…。」
 目頭が熱くなり、前を向いて居られなかった。それを見て、清水さんは、少しおろおろした様に、ハンカチを手渡してきた。
 「だから、清水さんが…。こんなに、優しい清水さんが、私の肉親で、ほっとしました…。
 他の誰でもなくて、清水さんで十分です…。」
 今更、誰かの愛情など、欲しいとは思わないが、私が生まれて間もない頃に、清水美波という女性に、私は、可愛がられていた。
 その証拠に、写真だってある。それだけで、向こう数十年、生きていける気がする。
 実は、祖父を含め、誰からも望まれていなかったのではないかと、思ったことも、多かった。
 だが、彼女の存在が、私の幼い頃の記憶を、無意識の内に、呼び覚まし、私の存在をも肯定してくれた。
 それだけで、『今』の私には、十分すぎる、出来事だった。
 渡された、ハンカチで、顔を拭っていると、あの懐かしい匂いが、身体を包んだ。
 「ごめんなさい…。今度は…今度こそ、私が、貴女を守っていくから…。絶対に、独りにはさせない。
約束する。」

 彼女の肩越しに、優しく、力強い声が聞こえた。
 人と『約束』するのは、嫌いだ。裏切られた時の代償が、かなりの物だから…。
 でも、清水さんとの約束は、信じていいと思う…。絶対に、破られない…。そんな気がしてならなかった。
 
 「これ、私の連絡先。何かあっても無くても、連絡頂戴ね?香織ちゃんのお願いなら、何でも聞くから。」
 そう言って、メールアドレスと、電話番号、『公清堂本店』の住所が書かれた、メモ用紙を手渡された。
 「じゃぁ、一つ、お願いしても、良いですか?」
 その時、耳元で、安心したような吐息が聞こえた。この音も、少し懐かしい気がした。
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