レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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12章:眩しさ

5 畏怖

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 今井さんの自宅に着き、シャワーを浴びるまでの記憶は、正直殆どなかった。髪もまだ乾ききっていないまま、自室のベッドに背中を預けた。
  
 “重くなったなぁ”

 この言葉の意味を考えていた。
 あれは、紛れもなく、清水さんの声だった。
 しかし、何時もの京都弁のイントネーションではなかった。
 私の知る筈もない、彼女の一面なのに、そちらの方が、何故か、しっくりくる気がした。
 昨日初めて会ったばかりなのに、何故か、前から彼女の事を知っている気がした。
 記憶がないだけなのか…。それとも、ただの思い過ごしなのか…。

 私は、既に暗くなった部屋を出て、リビングに向かった。
 考え事をしていると、小腹が空くもので、無性に甘いものが欲しくなる…。
 リビングに入ると、今井さんが一人、首をこくりこくりと上下させ、ソファに座っていた。
 前のテーブルには、書類やパソコンが並べられている所を見る。仕事が溜まっている様だ…。
 それを見ると、自宅に帰ってきたのだと、安心した。少し前までは、安心できる場所など、どこにもなかった。
 でも今は、こうやって、自宅と呼べる場所があり、誰かが居てくれる…。外に出ても、助けてくれる、仲間や親友も多くいる。
 それが当たり前なのかもしれないが、私にとっては、とても不思議だった…。
 そんな当たり前を知らずに、育った私は、とても心細かった…。この気持ちを誰かに共感して貰いたい…。
 そう思った時、身体が勝手に動き、居眠りしている、今井さんの背中に抱き着いていた。
 「え?な、なに?」
 驚いた様な、声が聞こえたが、気にしないことにした。
 「ちょ、まだシャワー、浴びてないんだけど…。」
 「…怖かったです…。」
 自然とそう口が、衝いて出た。更には、涙も溢れ出てきた。
 ここ最近、感情を制御するのが、下手になった。ずっと、人前では弱いところは見せない様にしてきていたが、 『怖い』だけで、泣ける日が来るとは、思いもしなかった。
 暫く、そうしていたかったが、今井さんに迷惑をかける訳にはいかない為、無理やり、頭を冷静にさせた。
 「すみ…ません…。」
 腕を放しかけたが、今井さんがそれを制しさせた。
 そして、
 「こっち来なさい。」
 私は、彼女に促されるまま、彼女の隣に腰を下ろした。
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