レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

14 右腕

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 驚いたのは、スパイクの正確さでも、威力でもない。麻由美ちゃんのフォームは、私のそれと、瓜二つだった。
 その為、観客を含め、その場に居た、全員が息を呑んだのは、言うまでもなかった。
 だが、その余韻も、彼女の顔色で途絶えてしまった。
 顔を歪ませ、肘を摩っている…。
 確かに、タイミング的には、今のところは、確実に取って貰いたかった。
 しかし、無理をしてまで、取る状況でもない…。終盤とは言え、ここで、彼女に潰れられては、流石に『詰み』になってしまう…。
 「麻由美ちゃん、そこまでしなくても、私が、確実に狙うから…。」
 冷や汗をかいている、彼女に対して、そう言った。見た目では分からないが、相当堪えたと見える…。
 「新庄さんは、私の目標だったんですよ…。」
 力なく、息も絶え絶えに、彼女はそう語りだした。
 「だから、新庄明音がガス欠になる所なんて、想像もしたくないですし、見たくもありません。
 私はもうどの道、バレーができる身体ではありせんので、腕が完全に使えなくなっても、悔いはありません。」
 そう言いつつも、少し切なそうな顔をしていた。
 これが、鈴木真由美…。土壇場に強く、敵に回れば、厄介なタイプだ。怪我さえなければ、一流の選手として、呼ばれていた筈だ…。
 そして、何の因果か、彼女の目指す先には、私が居る…。私自身、彼女が思うほど、いい選手ではない…。彼女の腕を、私なんかの為に、潰していい訳がない…。
 だからこそ、最後は必ず私が取る。確実に取りに行くのではなく、必ず取りに行く…。
 「麻由美ちゃん、彰君。次の一球で決めるから、必ず私にトス、上げて。」
 
 サーブは、彰さんに託され、試合が再開された。マッチポイント、これを取れば、麻由美たちの勝利だ。
 取られれば、デュースになり、2ポイント差が付くまで、延長になる…。
 麻由美が、決めてくれた分、新庄さんにも余力ができたが、これ以上は流石に厳しいのは、彼女らの雰囲気から伝わる。
 だから、新庄さんは必ずここを取りに来る。それは、相手にも伝わっている筈だ…。
 正真正銘のラスト一本…。

 彰さんのサーブは、危なげなく、相手に拾われ、スパイクでこちらに戻ってきた。
 彰さんも丁寧にそれを処理し、麻由美へと繋いだ。
 そして、その時が来た。
 麻由美によって、トスされたボールは、ネット中央付近に落下し始めた。
 
 ラスト一本…。そう言えば、全中の三位決定戦の時も、私が最終セットを決めたんだっけ…。あの時の、母の喜びっぷりは、今でも脳裏に焼き付いている。
 これさえ、決めれば、この試合は終わる…。
 何故か不思議と、プレッシャーや緊張は無く、何時もの様に、腕を振り下ろした。
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