レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

7 天才

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 新庄さんが戻ってきたのは、最終セットが始まる、1分前だった。
 走ってきたというのに、息が上がっておらず、非常に落ち着いた様子だった。怖すぎるくらい…。
 普段、明るく店を訪ねてくる姿しか、イメージが無い私にとっては、異様だった。
 話しかける隙すら見失わせるほどの、迫力。
 これが、プロならざる者の、独特な雰囲気なのだろう…。

 麻由美たちがコートに戻り、サーブ権を与えられた。
 ボールを持ったのは、新庄さんだった。ボール慣らしの為か、サーブ位置まで、腕の上で軽くバウンドさせながら、向かっていった。
 ホイッスルが鳴り、最終セットが始まった。
 その直後、観戦していた者を含め、その場に居た人の殆どは、息を飲んだ。
 新庄さんが放ったボールは、相手コート内に着弾した。
 「まず、一本。」
 そう新庄さんが呟くと、静まり帰った会場は、大歓声が起こった。
 相手チームの選手も誰一人、それに反応できていなかった。
とはいえ、弾速が特別速い訳でも、ボールに変化が掛かっていた訳でもない…。
 皆が見惚れたのは、彼女のサーブだった。
 ボールを投げ、走り、飛んで打つ。この一連の動きが、とても滑らかだった。素人目にも、そこに居る他の選手たちとは、明らかにレベルが違う事は、一目瞭然だった。
 「明音さん凄い…。」
 私の隣に居た寧々も、思わずそう声を漏らした。
 「無駄な動きを、極端にまで減らしたんだろうな。」
 いつの間にか、見物に来ていた九条さんが、そう答えた。
 「無駄な動き…ですか?」
 「もう一回打つから、見てて。」

 もう一度、新庄さんがボールを持った。その時点で、既に違うことに、気が付いた。
 ルーティンなのか、先ほどと同様、腕の上で、ボールを弾ませ、サーブ位置に入った。
 違うのは、弾ませているボールが、全く同じ地点に、落ちてきている事だ。
 腕の上で、慣性の法則が働いて居るとしたら、寸分の狂い無く、真上に弾ませていることになる。
 そんな繊細な事を、歩きながら行っている…。
 体育の時間でやった程度の人間から言わせてもらえば、軽く人知を超えている…。
 そして、サーブ位置に着き、一呼吸置き、ボールを放った。
 高く弧を描いたボールは、新庄さんの手に吸い込まれる様に、落ち、そこから、バウンドしたかの様に、相手コートに方向を変え、飛んで行った。
 今回は、相手チームも反応し、それを拾い、スパイクを放った。

 否。

 放たれた強力なスパイクは、新庄さんの腕で見事ブロックされ、相手コート側に弾かれた。
 相手はなんとか拾ったが、軌道が安定せず、チャンスボールとなった。
 それを麻由美と彰さんが見逃すもはずない。
 危なげなく彰さんが拾い、麻由美がトスを上げた。
 新庄さんはそれを眺めていた。
 「マジかよ…。」
 新庄さんが飛んだのは、九条さんがそう呟いた直後だった。
 落ちてくるボールより、後から飛んだ新庄さんの方が速く、最高到達点に達し、ネットの上から見下ろす時間まであった。
 そして、見つけたのだろう、絶対に拾われない所を…。
 振りかぶった腕は、鞭の様にしなり、今頃到着したボールを弾いた。
 「二本目!」
 着地も危なげなく決め、二点目が加点された。
 「凄い」の一言しか、出てこなかった…。
 本当に一つ一つの動きに、無駄がなく、逆に簡単そうに見えてくる…。
 「新庄さんは、背が低い分、他の選手より、高く飛ばなきゃいけない。
 その分、ジャンプする際の溜めが長くなる。それを補うために、瞬発力を鍛えたんだろうね…。」
 高く飛ばなければならない…。それは分かるのだが、今そこにあるネットは2.1メートル程だ。経験者である麻由美や、地価のある彰さん程度なら、どうってことない高さだ。ざっと見積もって、彼らの最高到達点は、2.5メートル程だ。
 身長153センチの新庄さんも、それと同じくらい飛んでいた。
 約1メートル、真上に飛んでいることになる…。
 更には、飛んでから、相手のコートを見る時間がある程の滞空時間。
 現役を引退しているとはいえ、ここまで脚力と体力を引き継げるものなのか…。
 彼女は、紛れもなく、天才だ。
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