レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

6 無理

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 だから、私の名前を覚えてる人なんて、居ないと思っていたし、居ても物好き程度に捉えていた。
 ただ、鈴木真由美は違った。私が有名でいられたのは、半年程。しかも、10年近く前の話だ。
 それなのに、彼女は、私を覚えていたどころか、プレイスタイルやフォームなど、真似ている様だ。
 私は背が低い分、プレイスタイルやフォームに癖がある。
 それを、自分なりに研究し、自分用にカスタムし、効率の良いものになっている。
 とはいえ、それでも私を真似ているだけあって、スタートダッシュが遅い。それだけは、どうにもならない…。
 何せ、私のプレイスタイルは、それなりに体力が必要だ…。
 彰君も私たちより、体力はあるものの、無限ではない。彼も、少しずつではあるが、動きが鈍くなっている…。
 点差は、5―8で私たちがリードしている…。このセットを取って、最終で逆転に繋げれば、一番理想的なのだろうが、それも少し、難しくなってきた…。
 次連続でポイントを取れなければ、試合の流れが落ち、連続失点なんてこともあり得る…。
 
 麻由美ちゃんの放ったボールは、リベロに拾われ、完全に攻略されてしまった…。
 間違いなく、次の一撃は、麻由美ちゃんの辺りに落としてくる…。
 私が飛ぶしか…。
 私がそう思うより先に、動き出した人が一人いた。
 強烈なスパイクを、スパイクで打ち返した男が一人いた…。
 大神彰だ…。

 打ち返されたボールは、相手コート内に落ち、私たちにポイントが、加算された。
 アマチュアとはいえ、そんな事をすれば、怪我をする危険だってある。彼も、それが分からない訳では無い…。
 更に、最初にスパイクを打った男は、プロではないにしても、全国大会に出場した、強者だ。
 下手にやれば、良くて骨折。最悪、筋や腱を痛める結果になるだろう。
 それでも、彼は、打ち返した。
 「彰君、無茶したら駄目ですよ!」
 「俺じゃなかったら、明音さんが無理するつもりだったんでしょ?」
 打った方の右腕を摩りながらそう答えた。
 幸いなのか、それとも、上手く調整したのか、分からないが、怪我はしなかったようだ。
 「だからって…。」
 「ここ取らなきゃ、どっちにしろ、勝てません。俺も流石に疲れてきたが、それは向こうも一緒です。
 少しでも、余力残して置きたいじゃないですか…。
 それに…。」
 そう言うと、彼は私と麻由美ちゃんの肩を叩いた。
 「女の子ばっかに、良い格好はなんか悔しいし…。」
 彼は、爽やかスマイルでそう言い放った。
 それに続き、麻由美ちゃんも頷いた。
 「このセットは是が非でも、取ります。それまで、私が打ちまくります。
 なので、新庄さんは、身体慣らしててください。」
 そう言うと、二人は元のポジションに戻っていった。
 何とも頼もしいことだろう…。学生の頃は、兎に角無我夢中でやっていたし、控えの選手も居たため、ここまで焦ることは無かった。
 彼らの言う通りだ、バレーは一人でやっている訳では無い。
 それに私は、曲がりなりにも、元日本代表候補。焦る事なんてない。
 更に、私の弟子も居る訳だ…。このチームで負ける要素なんて、微塵もない。
 
 二セット目は、7―11で見事勝ち取った。また、次の試合が始まるまでの間、少し時間がある。
 その間、身体を冷やしたくなかった為、海岸線を走った。次のセットで、試合が決着する。それが始まるまで、身体を起こしておかなければならない。
 麻由美ちゃんと彰君が無理して繋いでくれた分、それに応えなければならない。
 暫く走っていると、防波堤に見慣れた男性が肘を掛けて、煙草を吸っていた。
 最近は、禁煙しているらしく、煙をふかしている姿を見るのは、久しぶりだった。
 「何か見えるんですか?」
 私は彼の下に近づき、昔そう訊ねた。
 「別に、ただボーっとしてただけ…。」
 これまた聞いたことのある回答が返って来た。
 私も、彼が見つめている方を見た。静かな海だった。あの時とは違い、寒くもない。
 すると彼は、一服を終え、広げていた煙草の箱とライターを仕舞った。
 「まぁ、頑張りな。」
 その言葉と、煙の匂いを残し、彼はテントのある方へ戻っていった。
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