レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

4 非情

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 彼女のスパイクは、威力こそは並み程度なのだが、正確性があった。
 相手のリベロがギリギリ届かない範囲を打ち抜き、体力を消耗させていった。
 辛うじて拾えても、妙な回転が掛かっている為、打ち上げるのが精一杯と言ったところだ。
 付け焼き刃というには、余りにも勿体ない存在だ。
 鈴木麻由美。どこかで聞いたことのある名前だと思ったが、昔泊った旅館の娘だったとは…。確かあの時は、関東大会の前々日に現地入りした時だったと思う。
 私たちの練習を二階の観覧席から、こっそり覗いていたのは、覚えている。
 その年の大会は結局全国大会まで行き、3位の成績を修めた。
 当然誇らしいことなのだが、私にとっては、高校に進学するための、踏み台に過ぎなかった。
 というのも、私の自宅は非常に貧しく、その日食べる物にも齷齪していた。
 原因は、全て父親の所為だ。

 私が物心ついた頃から、酒癖とギャンブル癖があり、給料が入ると、ほとんどがその日の内に馬や船に消えた。負けたらやけ酒。買ったら勝ったで、街で居酒屋などを梯子し、家にいれるお金は、雀の涙程度だった。
 だから、母がパートや内職をいくつも掛け持ち、生活をしていた。内職に至っては、私もよく、手伝っていた。
 父は暴力をふるう事は、なかったが、機嫌が悪いと、意味もなく怒鳴られたり、物に当たったりと、手が付けられなかった。
 そのため、警察のお世話になった事も一度や二度ではない。
 そんな父親が、死んだのは私が中学に上がって間もなくの頃だった。仕事中の高所作業中に転落したらしい。
 正直、厄介払いができて、清々した。そう思う私は、鬼なのかもしれない…。だが、本当にこれで、終わったと思った。

 でも現実は、私が思うより、非情に残酷だった。彼奴は母には内緒で、借金を拵えていた。しかも、利子が膨れ上がり、8桁近い額になっていた。
 その為、私たちのもとに入った労災やら保険やらの殆どはそれに回された。
 それでも足らず、以前にも増して、苦労が絶えない生活になった。
 私も私で、部活や学校が休みの日の殆どは、母の内職を遅くまで手伝い、何とか政経を立てた。
 ただ、それを言い訳に、成績やバレーの腕が落ちるのは、彼奴に負けた様な気がして、嫌だった。
 だから、授業は真面目にノートを取り、練習は誰よりも早く行き、ひたすら努力した。
 幸い、身体が小さかった分、食べる量はそれほど多くなかった為、食費に関しては、問題にならなかった。
 あったのは、高校に入れるかどうかだった。

 私自身、中学卒業後、そのまま就職なり何なりして、少しでも家計の助けになればと考えていたが、母はそれを許さなかった。
 まぁ、案の定、中卒で雇ってくれる、物好きな企業など、まずなかった。
 仕方なく、高校入学を目指した。それも、ただの入試ではなく、スポーツ推薦の枠を狙った。
 私立の高校ではあったが、スポーツ奨学生制度があり、推薦枠に選ばれれば、入学費は免除され、授業料も三割ほど安くなる。
 そのため、中学生活の殆どを、バレーにつぎ込んだ。
 成績は、少し落ちたものの、それでも平均値はキープしていた。
 そして見事、全国大会で、その高校の顧問の目に留まり、推薦枠に選ばれた。
 母と二人で泣いて喜び、その日ばかりは、少しだけ贅沢した。
 高校に入学し、練習こそ厳しいものはあったが、今まで努力してきたものに比べれば、どうってことなかった。
 父の遺した借金もあともう少しで完済できる。これで、この生活から脱却できる。それだけで、難しい勉強も何とかやれていた。
 
 しかし、神は本当に存在しないんだと知ったのは、その年の12月だった。クリスマスを目前に控えていた為、イルミネーションや、ツリー等で装飾され、街は一層賑やかになっていたころだ。
 母は長年の過労が災いし、自宅で倒れ、私が帰宅したころには、既に冷たくなっていた。
 私は、息をしていないことは分かっていたが、『もしかしたら』と思い、重くなった母を背負い、近所の病院まで向かった。
 朝まで元気だった母の腕は、細く、握れば折れてしまう様だった。
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