119 / 309
11章 虚しさ
4 非情
しおりを挟む
彼女のスパイクは、威力こそは並み程度なのだが、正確性があった。
相手のリベロがギリギリ届かない範囲を打ち抜き、体力を消耗させていった。
辛うじて拾えても、妙な回転が掛かっている為、打ち上げるのが精一杯と言ったところだ。
付け焼き刃というには、余りにも勿体ない存在だ。
鈴木麻由美。どこかで聞いたことのある名前だと思ったが、昔泊った旅館の娘だったとは…。確かあの時は、関東大会の前々日に現地入りした時だったと思う。
私たちの練習を二階の観覧席から、こっそり覗いていたのは、覚えている。
その年の大会は結局全国大会まで行き、3位の成績を修めた。
当然誇らしいことなのだが、私にとっては、高校に進学するための、踏み台に過ぎなかった。
というのも、私の自宅は非常に貧しく、その日食べる物にも齷齪していた。
原因は、全て父親の所為だ。
私が物心ついた頃から、酒癖とギャンブル癖があり、給料が入ると、ほとんどがその日の内に馬や船に消えた。負けたらやけ酒。買ったら勝ったで、街で居酒屋などを梯子し、家にいれるお金は、雀の涙程度だった。
だから、母がパートや内職をいくつも掛け持ち、生活をしていた。内職に至っては、私もよく、手伝っていた。
父は暴力をふるう事は、なかったが、機嫌が悪いと、意味もなく怒鳴られたり、物に当たったりと、手が付けられなかった。
そのため、警察のお世話になった事も一度や二度ではない。
そんな父親が、死んだのは私が中学に上がって間もなくの頃だった。仕事中の高所作業中に転落したらしい。
正直、厄介払いができて、清々した。そう思う私は、鬼なのかもしれない…。だが、本当にこれで、終わったと思った。
でも現実は、私が思うより、非情に残酷だった。彼奴は母には内緒で、借金を拵えていた。しかも、利子が膨れ上がり、8桁近い額になっていた。
その為、私たちのもとに入った労災やら保険やらの殆どはそれに回された。
それでも足らず、以前にも増して、苦労が絶えない生活になった。
私も私で、部活や学校が休みの日の殆どは、母の内職を遅くまで手伝い、何とか政経を立てた。
ただ、それを言い訳に、成績やバレーの腕が落ちるのは、彼奴に負けた様な気がして、嫌だった。
だから、授業は真面目にノートを取り、練習は誰よりも早く行き、ひたすら努力した。
幸い、身体が小さかった分、食べる量はそれほど多くなかった為、食費に関しては、問題にならなかった。
あったのは、高校に入れるかどうかだった。
私自身、中学卒業後、そのまま就職なり何なりして、少しでも家計の助けになればと考えていたが、母はそれを許さなかった。
まぁ、案の定、中卒で雇ってくれる、物好きな企業など、まずなかった。
仕方なく、高校入学を目指した。それも、ただの入試ではなく、スポーツ推薦の枠を狙った。
私立の高校ではあったが、スポーツ奨学生制度があり、推薦枠に選ばれれば、入学費は免除され、授業料も三割ほど安くなる。
そのため、中学生活の殆どを、バレーにつぎ込んだ。
成績は、少し落ちたものの、それでも平均値はキープしていた。
そして見事、全国大会で、その高校の顧問の目に留まり、推薦枠に選ばれた。
母と二人で泣いて喜び、その日ばかりは、少しだけ贅沢した。
高校に入学し、練習こそ厳しいものはあったが、今まで努力してきたものに比べれば、どうってことなかった。
父の遺した借金もあともう少しで完済できる。これで、この生活から脱却できる。それだけで、難しい勉強も何とかやれていた。
しかし、神は本当に存在しないんだと知ったのは、その年の12月だった。クリスマスを目前に控えていた為、イルミネーションや、ツリー等で装飾され、街は一層賑やかになっていたころだ。
母は長年の過労が災いし、自宅で倒れ、私が帰宅したころには、既に冷たくなっていた。
私は、息をしていないことは分かっていたが、『もしかしたら』と思い、重くなった母を背負い、近所の病院まで向かった。
朝まで元気だった母の腕は、細く、握れば折れてしまう様だった。
相手のリベロがギリギリ届かない範囲を打ち抜き、体力を消耗させていった。
辛うじて拾えても、妙な回転が掛かっている為、打ち上げるのが精一杯と言ったところだ。
付け焼き刃というには、余りにも勿体ない存在だ。
鈴木麻由美。どこかで聞いたことのある名前だと思ったが、昔泊った旅館の娘だったとは…。確かあの時は、関東大会の前々日に現地入りした時だったと思う。
私たちの練習を二階の観覧席から、こっそり覗いていたのは、覚えている。
その年の大会は結局全国大会まで行き、3位の成績を修めた。
当然誇らしいことなのだが、私にとっては、高校に進学するための、踏み台に過ぎなかった。
というのも、私の自宅は非常に貧しく、その日食べる物にも齷齪していた。
原因は、全て父親の所為だ。
私が物心ついた頃から、酒癖とギャンブル癖があり、給料が入ると、ほとんどがその日の内に馬や船に消えた。負けたらやけ酒。買ったら勝ったで、街で居酒屋などを梯子し、家にいれるお金は、雀の涙程度だった。
だから、母がパートや内職をいくつも掛け持ち、生活をしていた。内職に至っては、私もよく、手伝っていた。
父は暴力をふるう事は、なかったが、機嫌が悪いと、意味もなく怒鳴られたり、物に当たったりと、手が付けられなかった。
そのため、警察のお世話になった事も一度や二度ではない。
そんな父親が、死んだのは私が中学に上がって間もなくの頃だった。仕事中の高所作業中に転落したらしい。
正直、厄介払いができて、清々した。そう思う私は、鬼なのかもしれない…。だが、本当にこれで、終わったと思った。
でも現実は、私が思うより、非情に残酷だった。彼奴は母には内緒で、借金を拵えていた。しかも、利子が膨れ上がり、8桁近い額になっていた。
その為、私たちのもとに入った労災やら保険やらの殆どはそれに回された。
それでも足らず、以前にも増して、苦労が絶えない生活になった。
私も私で、部活や学校が休みの日の殆どは、母の内職を遅くまで手伝い、何とか政経を立てた。
ただ、それを言い訳に、成績やバレーの腕が落ちるのは、彼奴に負けた様な気がして、嫌だった。
だから、授業は真面目にノートを取り、練習は誰よりも早く行き、ひたすら努力した。
幸い、身体が小さかった分、食べる量はそれほど多くなかった為、食費に関しては、問題にならなかった。
あったのは、高校に入れるかどうかだった。
私自身、中学卒業後、そのまま就職なり何なりして、少しでも家計の助けになればと考えていたが、母はそれを許さなかった。
まぁ、案の定、中卒で雇ってくれる、物好きな企業など、まずなかった。
仕方なく、高校入学を目指した。それも、ただの入試ではなく、スポーツ推薦の枠を狙った。
私立の高校ではあったが、スポーツ奨学生制度があり、推薦枠に選ばれれば、入学費は免除され、授業料も三割ほど安くなる。
そのため、中学生活の殆どを、バレーにつぎ込んだ。
成績は、少し落ちたものの、それでも平均値はキープしていた。
そして見事、全国大会で、その高校の顧問の目に留まり、推薦枠に選ばれた。
母と二人で泣いて喜び、その日ばかりは、少しだけ贅沢した。
高校に入学し、練習こそ厳しいものはあったが、今まで努力してきたものに比べれば、どうってことなかった。
父の遺した借金もあともう少しで完済できる。これで、この生活から脱却できる。それだけで、難しい勉強も何とかやれていた。
しかし、神は本当に存在しないんだと知ったのは、その年の12月だった。クリスマスを目前に控えていた為、イルミネーションや、ツリー等で装飾され、街は一層賑やかになっていたころだ。
母は長年の過労が災いし、自宅で倒れ、私が帰宅したころには、既に冷たくなっていた。
私は、息をしていないことは分かっていたが、『もしかしたら』と思い、重くなった母を背負い、近所の病院まで向かった。
朝まで元気だった母の腕は、細く、握れば折れてしまう様だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?


第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる