レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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11章 虚しさ

3 表情

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 休憩が終わり、コートチェンジが行われた。
 その際、フォーメーションも変えさせてもらった。
 と言っても新庄さんと彰さんの場所を交換しただけだ。いくら新庄さんとはいえ、男性の強力なスパイクやサーブは負担が大きすぎた。反応できたとしても、ボールの勢いを抑え込むことはできず、私の真上に打ち上げるだけでも精一杯だった。それと、私の腕も限界に近かった。
 だから、この立ち位置にさせてもらった。それに、もう少し時間が必要だった。その時まで、時間を稼がなくては…。
 
 2セット目はこちらのサーブから始まった。
 彰さんのサーブは見事に拾われ、打ち返された。だが、彰さんもそれに反応できるほどの動体視力と身体能力があることは、もう理解していた。
 だから、既に通り過ぎたボールは目で追わず、次の一本に集中する。
 あの時依頼、ジャンプすることが、トラウマになっていた。一時期は、階段から降りるときでさえ、足元を確認しなければならない程だった。
 だが、香織と知り合って、私の世界は少し変わった。
 彼女は、私の前で好き嫌いを言った記憶は無い。だが、何が苦手で何が嫌いかなのか。それくらいは、表情を見れば、何となくだが分かった。
 それでも、それを他人に悟られない為なのか、不満そうな顔を見せず、「大丈夫」というだけ。
 そんな彼女は、最近になって、表情がより豊かになった。旅館でバイトしている時もそうだったが、大学に入ってから今日まで、毎日が楽しそうだ。泣くときは泣いて、困るときは困る。
 傍から見れば、当たり前の事なのかもしれないが、彼女にはそれがずっと足りなかった。
 ただ、先ほどの心配そうな顔だけは、してほしくなかった。
 私の腕を見てからのその表情は、どうしても解せない…。

 「麻由美ちゃん!」
 新庄さんの掛け声が聞こえた。
 やっぱりこの人は、今でも天才だと思う。ボールは私の真上ではなく、少し左に逸らしてくれている。しかも、ボールの回転も殆ど無い。
 これなら、慣れなくても、ボールを捉え易い。
 飛ぶのは今でも怖い。でもそれを、『出来ない』の言い訳にしていては、今までと何も変わらない。
 香織は変わった。私の知らない内に、怖い経験もしてきていた。私の知らない内に、胸の内をさらけ出せる知り合いも増えていた。
 そんな彼女の努力に、私も応えなければ、親友の文字が霞む気がする。
 それだけは、死守しなければ、また暗い時のあの娘に戻ってしまいそうな気がしてならなかった。

 幸い、駄目になったのは、右腕だ。両足やは健在だ。
 私自身、本番に強いタイプではないのだが、ここを決めなければ、流れは生まれない。
 新庄さんが腕を休ませている間、私が打たなきゃ、試合は続かなくなる。
 咄嗟の付け焼き刃に過ぎないが、少しでも時間稼ぎになるのなら、やるしかない。
 
 打ったボールは、少しだけ回転が掛かり、相手リベロの腕に強く弾かれ、ボールアウトになった。
 インターハイベスト4もなかなか凄いが、私が追ってきた姿はもっと上だ。これくらい、攻略できなくては、新庄さんと肩を並べる事すら烏滸がましい。
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