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9章:悔み
4 七輪
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本格的に忙しくなりだしたのは、開会式が終了した直後からだった。常連さんの何人かは来店してくれたが、基本的には初めましての人ばかりだ…。
丁度、昼時というのも相俟って、来客者も多い。更には、カフェの延長でもあるため、客足が減ることは無かった。
ようやく休憩に入れたのは、15時を回った頃だった。
大臣たちがテント裏の日陰に、アウトドア用のチェアとテーブルを置き、休憩室の様な物を拵えていた。
周りはぐるりとブルーシートで覆われており、外からはこちらの様子を伺う事はできない。
砂というのは素直な物で、日が当たらなくなると、ひんやりと冷たく成る。
そんな涼しい場所で、腰を落ち着かせ、一息入れた時、前から七輪と木炭を両手に抱えた2、4代目が休憩室に入ってきた。
「先客が居たか…。」
「それ、何に使うんですか?」
「野郎が七輪持ってきたってぇことは、旨いもん食うに決まってらぁ。」
そう言うと、手際よく七輪に木炭を入れ、火を熾し始めた。
常備しているのであろう、年季の入った扇子で、風口を煽り、焚き付けると、物の数分で真っ赤になっていく。
「お届け物ですよ~。」
声のした方に目をやると、新庄さんが発泡スチロール箱を抱えていた。蓋を開けると、貝や魚や烏賊等が幾つか入っていた。それ以外にも、干蛸を数枚入っていた。
その中から、帆立を四枚、七輪の上に乗せ、焼き始める。
「藤吉のやつが暇そうだったもんで、一っ走りしてもらったわけだ。」
「本人は置いて来たんですか?」
「ジンさんは後で来るって。」
そう言いながら、新庄さんが隣の椅子に腰を下ろした。
暫く、帆立が開くのを今か今かと、眺めていたが、急にふと思い出した。
「そう言えば、吉信さんは今日来ないんですか?」
華宵園の三代目。のはずだが、実の所言うと、最初の顔合わせの時以降、一度も会って居ない。
「吉信は店番さ。」
厨房から調味料などをくすねて来た彰さんが答えた。
「彼奴は、所謂、仮の三代目だからね。」
「仮?」
首を傾げ、聞き返した。二代目は確か、五十代半ばだと聞いた。その息子が、今四代目の彰さん。その間の三代目が、彰さんとさほど年齢が変わらない、吉信さん。
ずっと、不思議に思っていたが、聞く機会を毎回逃してしまっていた。
「嗚呼。本当は、兄貴がこの代を継ぐ予定だったんだがな。三年前に、歩道に突っ込んで来た暴走車から、見ず知らずの子ども庇って死んじまった。」
そんな事をサラッと言ってしまうものだから、危うく聞き逃すところだった。
「何か、すみません…。」
「何故君が謝る?」
「そんな話だとは知らなくて…。」
「何も知らない君が、俺たちに聞いて、俺が勝手に答えた。ただそれだけ。
それに、君の過去だけ知ってるなんて、不公平じゃねぇか…。」
そう話している間に、貝の蓋が開き、ふっくらとした実が、姿を現した。
「そう言うこった。人間生きている以上、死は必ずある。そんな自然の摂理に嘆いたって、何も始まらねぇよ。」
二代目も便乗した様に答えた。
大きく見れば、そうなのかもしれないが、死因によっては、割り切れない事もあると思う。
それでも、この二人は、それを受け入れた。それは多分、三代目が亡くなったという事を、冒涜しない為にも、そうしているのではないだろうか。
帆立に醤油を垂らしたその時、店の外が騒がしい事に気が付いた。
新庄さんと一緒に、ブルーシートの隙間から除くと、チャラい男数人が、私たちのテントの前で、何やら喚いていた。
「うわ…。」
男たちがなんと言っているのかは解らないが、相当酔っていることだけは、確かだった…。
こちらに気付かれる前に、隙間を隠し、元の位置に戻った。
「毎年、ああいう輩は一定数居るんだよね…。」
新庄さんが、呆れた様に呟いた。店側は、料理に使うお酒以外のアルコール類は、全て禁止されている。
だが、コンビニやスーパー、個人経営の商店などは、近くに幾つかあるため、買って飲むことは不可能ではない。
ウチのテントで、問題を起こさなければいいのだが、その願いは、直ぐに打ち破られた…。
丁度、昼時というのも相俟って、来客者も多い。更には、カフェの延長でもあるため、客足が減ることは無かった。
ようやく休憩に入れたのは、15時を回った頃だった。
大臣たちがテント裏の日陰に、アウトドア用のチェアとテーブルを置き、休憩室の様な物を拵えていた。
周りはぐるりとブルーシートで覆われており、外からはこちらの様子を伺う事はできない。
砂というのは素直な物で、日が当たらなくなると、ひんやりと冷たく成る。
そんな涼しい場所で、腰を落ち着かせ、一息入れた時、前から七輪と木炭を両手に抱えた2、4代目が休憩室に入ってきた。
「先客が居たか…。」
「それ、何に使うんですか?」
「野郎が七輪持ってきたってぇことは、旨いもん食うに決まってらぁ。」
そう言うと、手際よく七輪に木炭を入れ、火を熾し始めた。
常備しているのであろう、年季の入った扇子で、風口を煽り、焚き付けると、物の数分で真っ赤になっていく。
「お届け物ですよ~。」
声のした方に目をやると、新庄さんが発泡スチロール箱を抱えていた。蓋を開けると、貝や魚や烏賊等が幾つか入っていた。それ以外にも、干蛸を数枚入っていた。
その中から、帆立を四枚、七輪の上に乗せ、焼き始める。
「藤吉のやつが暇そうだったもんで、一っ走りしてもらったわけだ。」
「本人は置いて来たんですか?」
「ジンさんは後で来るって。」
そう言いながら、新庄さんが隣の椅子に腰を下ろした。
暫く、帆立が開くのを今か今かと、眺めていたが、急にふと思い出した。
「そう言えば、吉信さんは今日来ないんですか?」
華宵園の三代目。のはずだが、実の所言うと、最初の顔合わせの時以降、一度も会って居ない。
「吉信は店番さ。」
厨房から調味料などをくすねて来た彰さんが答えた。
「彼奴は、所謂、仮の三代目だからね。」
「仮?」
首を傾げ、聞き返した。二代目は確か、五十代半ばだと聞いた。その息子が、今四代目の彰さん。その間の三代目が、彰さんとさほど年齢が変わらない、吉信さん。
ずっと、不思議に思っていたが、聞く機会を毎回逃してしまっていた。
「嗚呼。本当は、兄貴がこの代を継ぐ予定だったんだがな。三年前に、歩道に突っ込んで来た暴走車から、見ず知らずの子ども庇って死んじまった。」
そんな事をサラッと言ってしまうものだから、危うく聞き逃すところだった。
「何か、すみません…。」
「何故君が謝る?」
「そんな話だとは知らなくて…。」
「何も知らない君が、俺たちに聞いて、俺が勝手に答えた。ただそれだけ。
それに、君の過去だけ知ってるなんて、不公平じゃねぇか…。」
そう話している間に、貝の蓋が開き、ふっくらとした実が、姿を現した。
「そう言うこった。人間生きている以上、死は必ずある。そんな自然の摂理に嘆いたって、何も始まらねぇよ。」
二代目も便乗した様に答えた。
大きく見れば、そうなのかもしれないが、死因によっては、割り切れない事もあると思う。
それでも、この二人は、それを受け入れた。それは多分、三代目が亡くなったという事を、冒涜しない為にも、そうしているのではないだろうか。
帆立に醤油を垂らしたその時、店の外が騒がしい事に気が付いた。
新庄さんと一緒に、ブルーシートの隙間から除くと、チャラい男数人が、私たちのテントの前で、何やら喚いていた。
「うわ…。」
男たちがなんと言っているのかは解らないが、相当酔っていることだけは、確かだった…。
こちらに気付かれる前に、隙間を隠し、元の位置に戻った。
「毎年、ああいう輩は一定数居るんだよね…。」
新庄さんが、呆れた様に呟いた。店側は、料理に使うお酒以外のアルコール類は、全て禁止されている。
だが、コンビニやスーパー、個人経営の商店などは、近くに幾つかあるため、買って飲むことは不可能ではない。
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