レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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9章:悔み

1 早朝

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 八月に入り、夏は本格的になってきた。都会の夏は、想像以上に気温が高く、眠りにつくのもやっとだ…。現に今日も、夜中に何度も起きてしまった。
 流石の今井さんも寝苦しかったのか、ぬいぐるみを手放し、足もとの方に追いやっていた。
 今日から三日間、サマーダイニングが始まる。だから、今日に限っては、早朝準備があるため、起こさなければいけない…。
 「今井さん、起きてください…。もう6時ですよ…。」
 「あと十分…。」
 『十分くらい…。』と普段なら思っている所だが、このやり取りも、もう既に四回目だ。仏の顔も三度までとは、よく言ったものだ…。
 流石に四回目ともなると、これ以上大目に見る訳にはいかない…。
 「そう言って、もう何回目だと思ってるんですか?良いから、起きてください。」
 今井さんの身体を揺すった。それでも、唸るだけで、起きる気配がない…。
 仕方なく、強硬手段に出る事にした。
 タオルケットの端から覗いている足の裏を人差し指で、こちょこちょとくすぐる。
 どうやら彼女は、足の裏が弱いらしい。この間、自ら公言していた。案の定、30秒もしない内に白旗を上げた。
 「意外と鬼だね…。」
 「昨日『起こして』っていたのは、今井さんじゃないですか…。それより、早く顔洗って、ご飯食べて下さい。」
 観念した様な返事を上げ、洗面所に向かった。

 れとろに着いたのは、7時頃だった。店の前には、もう既に九条さんの黒いセダンと、新庄さんの小さいトラックが停まっていた。
 中に入ると、二人がカウンターに腰掛けていた。
 「お、今年はちゃんと起きれたんだね?」
 新庄さんが、私たちの方を見て、声を掛けた。
「どうせ香織ちゃんに起こしてもらったんだろ?」
 図星を付かれ、自慢げだった今井さんの表情が、一気に落ち込んだ。
 古川マスターは代表として、一足先に現地入りしているため、二人は私たちを待っていた事になる。結果的には…。
 「今年も遅れたって事ですか…。」
 それが止めだったらしく、更に凹んでいた…。
 
 準備と言っても、向こうで使うための器具や材料などは、昨日の内に揃えておいた。そのため、やることはそれらをトラックの荷台に積んでいくだけ。
 どうやら、今井さんが寝坊して、遅刻することを見越していたらしい。
 そんなものだから、作業も10分程度で終わり、後は出発だけとなった。
 彰さんも新庄さんのトラックに積みたいものがあるらしく、これからこっちに来るらしい。
 「朝からこんなに暑いんじゃ、砂浜も相当熱いんだろうな…。」
 アイスコーヒーを淹れたグラスを頬に当てながら、新庄さんが呟いた。
 ここに到着する前、駅前にあった温度計は、既に26度と表示されていた。湿度も高く、エアコンの聞いている、室内から出るのは一苦労だ…。

 しかし、ここは涼しい。丁度午前中は、目の前のビルの陰に入り、直射日光は当たらず、ビル風も相俟って、窓を開けていればエアコンをつけるまでもない。
 更に入り口の両脇には、今井さんのベランダで育てていた、胡瓜とブラックベリーの苗を数本ずつ貰い、蔓を伸ばしている。
 貰った当時は、竹製の支柱に凭れ掛かるのがやっとだった彼等も、今では九条さんより、大きくなり、屋根の軒天まで届くくらいまでとなっていた。
 エアコン嫌いのお客さんも結構おり、どうしたものかと悩んでいた矢先、今井さんの提案で、お試しで導入してみたが、功を奏した。
 色取り取りの実や花をつけるのが、可愛らしいと、常連さん達からも人気が出た。
 現在ブラックベリーの方は、既に全て収穫を終え、大半はジャムとソースに変わった。可愛らしい真っ赤な実から、赤黒い怪しげな色に変わっていく様は、とても見事だった。
 胡瓜の方は、立派な実を付け、この間から何本か一部の常連さんと一緒に、ご馳走になっている。
 今朝も何本か食べられそうなものがあり、今井さんが先ほどから、虫たちと格闘しながら、収穫している。
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