レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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8章:上り

7 喪失

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 お酒を飲むには肴が必要。おつまみだけではなく、愚痴や雰囲気も、お酒を進ませるには、欠かせない…。
 そんなお酒が、私は嫌いだった。酔うのが怖かった。そんなものだから、大学で飲み会があっても、私は『下戸』だと偽り、悉く避けてきた。

 転機が訪れたのは、大学4年生に上がった頃だった。就職先は父が既に用意していてくれており、後は本当の意味で、時間を潰すだけだった…。
 同じ学部の友人から、合コンの誘いがあった。お酒を飲まない私は、度々こういったイベントに誘われる事が多かった。酔い潰れた人を介抱させるのに、丁度いい人材だった。
私自身、それ程嫌な訳でもなく、お酒を飲まない分、安上がりに済ませられた。
 特に彼氏が欲しいと思っていたわけでもなかったため、完全にそう言う役回りで、合コンに誘われる事も、しばしば…。

 その日は、男性側が一人、遅れて来るとのことで、スタートした。案の定、開始早々私以外全員、飲み始めた。
 当時、今より見た目は清楚系で通していたこともあり、話しかけてくれる男性は少なくなかった。
 だが、ほろ酔いで話しかけてくる彼等は、何というか、会話のテンションが違う。慣れていることだが、結局私だけ置いてきぼりな状態だった。
 始まってから30分程経った頃、遅れていた男性も合流した。驚いた事に彼は、私と同じ様に、お酒を飲まない人だった。何でも、消防士らしく、有事の際に備えて、控えているらしい。
 彼も、私と同じような理由で、いつも呼ばれているらしく、意気投合し、仲良くなるまでにそんなに時間は掛からなかった。

 退屈だった学生生活も一変し、お互い都合が合えば、よく食事に出かけたりしていた。
 それでも、私たちはどちらも飲まない付き合いをしていた。
 そんな生活が、半年近く続いた頃、彼は生まれ故郷である、東北の方に帰る事になった。どうも、母親が入院がするらしく、年明けには、帰郷しないけなくないと…。
 そんな話を、クリスマスの日に聞かされた。急な話ではあったが、仕方ないと割り切った。
 年末まで有給を取っているらしく、この日初めて彼は、私の前でお酒を飲んだ。その時飲んでいたのが、ビールだった。
 そんな彼がお酒を飲んでいる姿を見るのは、後にも先にもこの日だけだった。
 年も変わり、彼が出発する日、見送りに言った。暫く会えないとなると、やはり寂しいもので、なるべく感情的にならない様に努めた。
 
 無事内定も決まっており、後は卒業を待つだけとなった。あの地震が起きるまでは…。
 彼の住んでいた地域は、津波に飲まれ、率先して避難誘導や指示を出していた彼は、あっという間に、海の中に引き摺り込まれていった。
 その知らせを聞いたのは、一ヶ月程経った頃だった…。電話やメールが繋がらない辺りで、もう覚悟していたが、現実を突きつけられると、駄目だった…。
 私は弱い人間だったらしく、精神が病んだ。何もかもが、嫌になった。欲しい物は、何でも買ってもらえたが、一番失いたくなかった物を、二つも失った。
 仕事にも行かず、自宅のベッドの上に腰を掛けボーっとしていた。心配した養母が、何度か訊ねてきたが、対応しなかった。
 眠くなると寝て、不安になると目が覚める。食事は…生きていたのだから、多分していたのだろう。
 そんな不規則な生活が、一ヶ月程続き、生きている意味も解らず、いっその事、彼の元に逝ってしまおうと決めた。
 彼が好きだと言っていたメーカーのビールをコンビニで買えるだけ買い、自宅で飲んだ。
 生まれて初めてのお酒は、苦くて不味くて、とても飲めたものではない…。それでも、あの時の彼と同じ様に、喉を鳴らして飲みまくった。
 5本目に口を付けたとき、視界が揺らぎ、意識を失った。
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