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8章:上り
6 花火
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「そう言えば来週、花火大会だね。」
一足先に、激辛麻婆豆腐を平らげた、新庄さんがそう述べた。そう言えば、この店の入り口に、そういうポスターが貼られていた。
花火は小さい頃から、好きだった。とはいっても、直接近くまで見に行くことは、全くなく、大体は遠くの室内で眺めていた。小さく、ぽこぽこと上がるそれは、まるで、虹を見ている様な、そんな感じだ。
でも一度だけ、誰も居なくなった自宅を、こっそり抜け出し、近くの土手まで足を運んだことがあった。
自宅から、たった100メートルも変わらない位だが、開けた場所から眺めるだけで、大分違った。
土手には、殆ど人はおらず、その風景を独り占めできたのは、今でもいい思い出だ。
本当は、誰かと一緒に見れたら、もっと良かったのかもしれないが、そこまで贅沢はできなかった。
「よし、じゃぁ彩と麻由美ちゃん誘って、見に行こう。浴衣着て。」
何かを察した様に、寧々が提案した。だが、浴衣というものに、引っ掛かってしまった。
傷跡の所為で、浴衣に袖を通すのに抵抗があった。現に今も、蒸し暑いのに、長袖のシャツを着ている。
「申し訳ないけど私、浴衣着られない…。だから、三人だけでも着て楽しんでよ…。」
そう言うと、寧々が思い出した様に、落胆した様な声を上げる。
心身共に傷付きまくった私は、並みの人と同じような楽しみは味わえない。
花火を見るだけなら、私服でも別に構わないのだから、そうまでして着たいとは思わない…。ずっと、小さい頃から、自分にそう言い聞かせて来た。
一度憧れてしまうと、歯止めが効かなくなりそうで怖かった。
それでもやはり、夏休み明けにクラスメイト達が、楽しそうに話す会話が、羨ましかった。
「じゃぁ、私たちも私服で行く。」
「私に合わせなくても良いよ。寧々も着たいんでしょ?」
「でも…。」
「そういう時の為に、今井ちゃんが居るんじゃないの?」
新庄さんが述べた。
「香織ちゃんの為なら、何でもやってくれそうだけど。」
そう言うと、お金を置き、店を出て行った。
今井さんが、帰ってきたのは夜の19時過ぎだった。週末と言う事もあり、帰宅早々、「疲れた~」と言ってベッドにダイブしていた。
結局あの後、寧々は私に合わせると言って譲らなかった。
どうしたものかと、悩みながら料理していた為、焼き魚が煮物に変わってしまった…。
数分後に、いつものTシャツを着て、リビングに入って来た。大きめのハムスターのぬいぐるみを、脇に抱えて…。
いつもの様に、ビールでも飲むのかと思いきや、違うらしい…。
冷蔵庫から取り出したのは、アルコール度数が高い、ハイボールや酎ハイだった。休日の前日は決まって、これらを飲むらしい…。
そう言えば、彼女が酔っ払っている所を、見たことがない…
ビールでほろ酔いと言う事は、多々あるが、本当の意味で酔っている所を見たことがない。
居酒屋やバーに寄って帰って来る事も、今の所ない…。
レトロの方の常連さんたちは、「仕事の付き合い」だったり、「やけ酒」だったり、様々な理由を付けて、来る人がほとんどだ。
だから、例に漏れず、社会人である今井さんもそう言うのが、あるのかと思っていた…。
一足先に、激辛麻婆豆腐を平らげた、新庄さんがそう述べた。そう言えば、この店の入り口に、そういうポスターが貼られていた。
花火は小さい頃から、好きだった。とはいっても、直接近くまで見に行くことは、全くなく、大体は遠くの室内で眺めていた。小さく、ぽこぽこと上がるそれは、まるで、虹を見ている様な、そんな感じだ。
でも一度だけ、誰も居なくなった自宅を、こっそり抜け出し、近くの土手まで足を運んだことがあった。
自宅から、たった100メートルも変わらない位だが、開けた場所から眺めるだけで、大分違った。
土手には、殆ど人はおらず、その風景を独り占めできたのは、今でもいい思い出だ。
本当は、誰かと一緒に見れたら、もっと良かったのかもしれないが、そこまで贅沢はできなかった。
「よし、じゃぁ彩と麻由美ちゃん誘って、見に行こう。浴衣着て。」
何かを察した様に、寧々が提案した。だが、浴衣というものに、引っ掛かってしまった。
傷跡の所為で、浴衣に袖を通すのに抵抗があった。現に今も、蒸し暑いのに、長袖のシャツを着ている。
「申し訳ないけど私、浴衣着られない…。だから、三人だけでも着て楽しんでよ…。」
そう言うと、寧々が思い出した様に、落胆した様な声を上げる。
心身共に傷付きまくった私は、並みの人と同じような楽しみは味わえない。
花火を見るだけなら、私服でも別に構わないのだから、そうまでして着たいとは思わない…。ずっと、小さい頃から、自分にそう言い聞かせて来た。
一度憧れてしまうと、歯止めが効かなくなりそうで怖かった。
それでもやはり、夏休み明けにクラスメイト達が、楽しそうに話す会話が、羨ましかった。
「じゃぁ、私たちも私服で行く。」
「私に合わせなくても良いよ。寧々も着たいんでしょ?」
「でも…。」
「そういう時の為に、今井ちゃんが居るんじゃないの?」
新庄さんが述べた。
「香織ちゃんの為なら、何でもやってくれそうだけど。」
そう言うと、お金を置き、店を出て行った。
今井さんが、帰ってきたのは夜の19時過ぎだった。週末と言う事もあり、帰宅早々、「疲れた~」と言ってベッドにダイブしていた。
結局あの後、寧々は私に合わせると言って譲らなかった。
どうしたものかと、悩みながら料理していた為、焼き魚が煮物に変わってしまった…。
数分後に、いつものTシャツを着て、リビングに入って来た。大きめのハムスターのぬいぐるみを、脇に抱えて…。
いつもの様に、ビールでも飲むのかと思いきや、違うらしい…。
冷蔵庫から取り出したのは、アルコール度数が高い、ハイボールや酎ハイだった。休日の前日は決まって、これらを飲むらしい…。
そう言えば、彼女が酔っ払っている所を、見たことがない…
ビールでほろ酔いと言う事は、多々あるが、本当の意味で酔っている所を見たことがない。
居酒屋やバーに寄って帰って来る事も、今の所ない…。
レトロの方の常連さんたちは、「仕事の付き合い」だったり、「やけ酒」だったり、様々な理由を付けて、来る人がほとんどだ。
だから、例に漏れず、社会人である今井さんもそう言うのが、あるのかと思っていた…。
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