レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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8章:上り

5 炒飯

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 その日は、朝から雨がしとしとと降り注いでいた。久々の天からの恵みと言う事もあり、ベランダの植物たちも、より生き生きとしていた。
 今日は土曜日で、れとろの方は定休日だったため、当然バイトは休み…。とは言え、家でじっとしている訳にもいかず、粗方家事が終わった辺りで、外に出た。
 雨が降っていることもあり、蒸し暑く、汗が蒸発しない…。10分も歩くと、滝の様な汗が、額から噴き出していた。
 それでも、行きたいところがあった。寧々のバイト先だった。この間、れとろに来た時、何枚か割引券を貰っていた。その店では、炒飯が美味しいらしい…。
 小さい頃から、炒飯は好きだった。
 小三の夏休み。八月に入るとすぐ、両親は妹を連れ、旅行に行ってしまった。
 ガスや電気は止められており、暫くは帰ってこないと、子どもながら察した。
 水道だけは止まっておらず、シャワーだけは浴びられた。
 食べ物は幾つかあったものの、電子レンジやガスレンジは当然使えず、お湯を沸かすことは、出来ない。そのため、インスタント食品は、当然食べられない。
 家にあったのは、缶詰や数切れの食パンだけ…。お金も当時は、殆ど持っていなかったため、買い足しにも行けない…。
 最初の数日は、どうにかなったが、それだけでは、飽きが来るし、底も尽きる。
 一週間もすれば、指先は深爪の様になり、身の危険を感じた。自宅の色んな所から掻き集めていた、小銭を握りしめて、家を飛び出した。
 全部で500円程度。コンビニで、お握り三つくらいなら買える。それでどうにかなるなんて、考えていなかった。ただ、今の欲を満たせれば、それで良いと思っていた。
 しかし、世の中そんなに甘くなかった…。
 お昼過ぎという事もあり、お握りどころか、弁当類も、ほとんどが売り切れており、炒飯だけが、取り残されていた。
 仕方なく、それとお茶を買い、帰宅した。泣くほど美味しかった。全て平らげたかった
 だが我慢した。いつ帰って来るか、解らなかったため、一日一口だけ食べて過ごした。
 そんな事があったため、炒飯は私の命の恩人と言っても過言ではない…。

 店に着くと、店長らしいおじさんと寧々が挨拶してくれた。しかし、目が合ったのは彼等だけでなく、奥の席でスマホを弄っていた、新庄さんともだった。
 仕事の合間に寄ったらしかった。
 「こうやって、カウンターに二人で座るのは初めてかもね?」
 注文を済ませ、新庄さんの隣に腰を降ろした。
 言われてみれば、カウンターの外側に腰を下ろすのは、久々かもしれない。
 「今井のお嬢との暮らしはどう?慣れて来た?」
 「えぇまぁ…。ただ、一緒に居ると気になることが増えて…。」
 「小姑か!」
 カウンター奥の寧々に突っ込まれた。新庄さんも肩を震わせ、笑っている。そう言う事ではないと、弁明し、何とか話の起動を戻した。
 「ごめんごめん、あまりにも唐突だったから…。ジンさんから昨日聞いた。今井ちゃん、昔の話は全くしないからねぇ…。頂きま~す。」
 話の途中で出て来た麻婆豆腐を食べ始めた。見た目と山椒の匂いで、相当辛いと一目両全だが、お構いなしに口に運ぶ。
 「食べる?辛いけど。」
 見つめていたのがバレ、レンゲに乗った麻婆豆腐を差し出してきた。
 「止めて!香織ちゃん失神しちゃうから!それと、バリスタは舌が命だから。」
 「そっか…。」
 残念そうに、レンゲを引込めた。そんなに辛い物を、汗もかかずに食べているのか…。
 そうこうしている間に、私の炒飯も運ばれてきた。中華はスピードが命と聞くが、まさにそうだった。
 形は奇麗な半球型。色は、全体的に白く、正統派な炒飯だった。
 一口食べると、しっとりとした懐かしい味が、口いっぱいに広がる…。見た目のわりに、味はしっかりしており、自分が作る物と、比べ物にならない…。
 「うま…。」
 思わず声が出た。やっぱり、炒飯は一口一口、小分けにして食べるより、熱い内に平らげるのが一番だ…。
 すると、私と新庄さんの間に、餃子が舞い込んできた。
 「私の奢り。」
 寧々がそう言い、再度、カウンター内に戻って行った。
 
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