レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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7章:廻り

12 世界

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 それから、数日が経ち大学は夏季休暇に突入し、同じ学部の人たちは、サークルのイベンとやら、バイトに追われる日々と格闘しながら、それぞれ過ごすらしい…。
 この数日で、実感して何かが変わったか。そう問われれば、頷く段階ではない。大きく変わった点は、あのアパートは解約し、今井さんの住んでいる、マンションに居候させてもらっていた。
 元の部屋にあった荷物は、彰さんと藤吉先生主体で、運び出してくれた。
 両親たちとは、古川マスターが話をしてくれているらしい。何でも、昔は刑事事件も扱っていた事もある弁護士らしかった。ちなみに、弁護士バッジは時間が経つと、メッキがはがれ、黒ずんだ銀色になるらしい。
 もしもの時に備えて、300万でも500万でも、今井さんが立て替えてくれると言っていた。
 そうならない為にも、古川マスターが徹底的にやってくれると言っていた。
 それ以外は、普段と変わらない日常だったが、私にとっては16年ぶりだった…。正確に言えば、物心もまだ付いていない位の頃だったから、『生まれて初めて』の方が、正しいのかもしれない。
 その代わり、もう二度と、あの家に帰る事はできない。未練は何もないが、10年近く過ごした、あの押し入れともお別れとなると、何だか感慨深い…。
 普通じゃない私はそこまでしないと、一般人に成る事はできない。改めてそう実感した。
 
 ぼんやりと、コーヒーの雫が落ちるのを、眺めていた。外はまさに、夏の日差しが照り付けていた。
 ついこの間まで、私は夏が嫌いだった。暑いからでも、旅行に行く人が居るからでもない。この、眩しい世界が嫌いだった。ケガの所為で、夏らしい恰好をすることもできない。誰かと遊びに行く。そんな物、夢のまた夢だった。
 そんな物だから、暗く、独りで居られるところの方が、私は誰にも気にされる事無く、好きだった。
 最近は、そんな私を理解し、外に連れ出してくれた人が居た。彼女に会わなければ、今でも、あの押し入れの中で独り、こんな素晴らしい世界も知らぬまま、生きていたのかもしれない。
 先も見えないほど暗い所だったが、日向に出てしまえば、方角が解らずとも、つまらない事は無くなる。だって、見える景色は、私にとって、全て新鮮だから。
 自由になってから見る景色は、きっと、私の中では、一生色褪せる事がない。この時、生まれて初めて、本当の意味で嬉しくて泣けた…。今まで泣いてばかりの人生で、苦しい時の涙は、とっくに枯れ、辛い時の涙も底を付きかけていた。
 格子戸の向こうで、常連客の話声が聞こえ、急いで、顔をぬぐった。
 少し遅れはしたが、寒い冬の次期は漸く終わり、私の好きな夏が始まった…。
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