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7章:廻り
8 感情
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夜が明け、鈍行を乗り継ぎ、2時間程かけ、この町に戻って来た。もう戻らないだろうと、思っていたが、こんなに早く戻ってきてしまうとは…。
数か月しか経っていないのに、見る景色全てが懐かしかった。思い入れなんて、そんなにないはずだったのに、いざ離れてみると、少し寂しかった。
駅から10分程歩いて、商店街に入った。時刻はまだ、朝の9時。ちらほらと、シャッターを開け、徐々に活気が出始めていた。
戻って来たとは言え、実家に戻る気は、さらさらなかった。あの古本屋とパン屋に、あの時のお金を、返したかった。それとちゃんとお礼をしておきたかった。
最初に向かったのは、古本屋だった。それほど広くない店内には、所狭しと、国内外の本がびっしりと、並べられていた。辞書の様な分厚い本や色あせた本、何より、この独特な匂いが好きだった。
興味深いタイトルの本が、何冊かあったが、衝動を抑え、レジの方に向かった。
おじさんは、老眼鏡をかけ、新聞を読んでいた。老けこんで、白髪が目立っていたが、昔と変わらず、元気そうだった。
「あの、お久しぶりです。」
その声で、おもむろにこちらを見た。誰だか分かって居ない様子で、首を傾げた。無理もない、最後会ったのは、小学生の時だ。あの時から、10年近くも経っている。
「どちらさんでしょう。私にそんな可愛らしいお嬢さんの知り合いは居ないんですが…。」
「小学生に本、くれていた記憶はありますか?」
そこまで言うと、思い出したのか、目を丸くして、息を呑む音がした。
「もしや、あの時の、ランドセル背負った娘かい?いや~、大きくなって…。ちょっと上がっていきな?」
そう言われ、中の居間に通された。中央には、四角いテーブルがあり、その周りをこれまた、古くボロボロな段ボール箱が、いくつも置いてあった。
「い、いえ、あの時のお礼とお金、お渡しに来ました。」
「どうせ処分するものだったし、構わないよ。立読みくらいは大目に見たのに…。」
それから、押し問答が何回か続いたが、結局、総額千円で話をまとめられた。
昔話に花を咲かせ、いつの間にか、上がり框に腰を降ろしていた。他人と話しするのは、あまり好きではなかった。ましてや、昔話となると、良い思い出が無いため、出来なかった。
主に聞く側だったが、それでも楽しかった。今の状況を忘れるには、丁度良すぎた。
特に急いでいる訳でもなかったが、あまり長居して、営業に差し支えると、申し訳なかった為、限が良い所で話を切り上げた。
帰り際に、有名な作家の小説を買い、古本屋を後にした。
次に向かったのは、忘れもしないミムラヤだった。あの日以降、ここには一切、脚を運んでいなかった。大学に合格したことは、知って居るが、直接報告する暇もなかった。
変わらぬ外装で、変わらぬパンの香ばしい香りが漂っている。
ベルの付いたドアを開けると、奥の方から、おばさんの元気な声が響く。18年も居た実家より、一ヶ月ほどしか居なかった、この店の方が、凄く安心した。
おばさんは相変わらずの忙しそうな、足取りで出て来た。直ぐに私だと分かったらしく、嬉しそうに話しかけて来た。
「まぁまぁ、奇麗になって…。」
「ご無沙汰してます…。あの時のパンの代金、お支払いしに来ました。」
「あら、本気にしてたの?」
ここでも、多少押し問答があったものの、全額お支払いした。
大学に入学したことや、向こうの方でバイトもやって居て、ちゃんと生活していることも話した。
話せば、気が楽になると思っていたが、そうではなかった。おばさんが頷く度、相槌を打つ度に、こみ上げるものがあった。
高校の三年間、必死になっていたことと、夢の様に楽しかった、この数か月が、ギリギリ、私を人間として留めていたのかもしれない…。
気が付けば、今までの思いの丈をぶちまけていた。これまで、自分を呪う事はあっても、誰かにそんなことは、言ったことがない。
感情がもうぐちゃぐちゃだった。湧き水の様に、溢れ出てくる“それ”は、19年分の物だった。
もうどうにもならない…。
その時だった。ドアのベルが鳴り、誰かが入店してきた。視界が滲んでいて、顔は分からなかったが、声でその人が誰なのか、解ってしまった…。
「やっと、見つけた。」
数か月しか経っていないのに、見る景色全てが懐かしかった。思い入れなんて、そんなにないはずだったのに、いざ離れてみると、少し寂しかった。
駅から10分程歩いて、商店街に入った。時刻はまだ、朝の9時。ちらほらと、シャッターを開け、徐々に活気が出始めていた。
戻って来たとは言え、実家に戻る気は、さらさらなかった。あの古本屋とパン屋に、あの時のお金を、返したかった。それとちゃんとお礼をしておきたかった。
最初に向かったのは、古本屋だった。それほど広くない店内には、所狭しと、国内外の本がびっしりと、並べられていた。辞書の様な分厚い本や色あせた本、何より、この独特な匂いが好きだった。
興味深いタイトルの本が、何冊かあったが、衝動を抑え、レジの方に向かった。
おじさんは、老眼鏡をかけ、新聞を読んでいた。老けこんで、白髪が目立っていたが、昔と変わらず、元気そうだった。
「あの、お久しぶりです。」
その声で、おもむろにこちらを見た。誰だか分かって居ない様子で、首を傾げた。無理もない、最後会ったのは、小学生の時だ。あの時から、10年近くも経っている。
「どちらさんでしょう。私にそんな可愛らしいお嬢さんの知り合いは居ないんですが…。」
「小学生に本、くれていた記憶はありますか?」
そこまで言うと、思い出したのか、目を丸くして、息を呑む音がした。
「もしや、あの時の、ランドセル背負った娘かい?いや~、大きくなって…。ちょっと上がっていきな?」
そう言われ、中の居間に通された。中央には、四角いテーブルがあり、その周りをこれまた、古くボロボロな段ボール箱が、いくつも置いてあった。
「い、いえ、あの時のお礼とお金、お渡しに来ました。」
「どうせ処分するものだったし、構わないよ。立読みくらいは大目に見たのに…。」
それから、押し問答が何回か続いたが、結局、総額千円で話をまとめられた。
昔話に花を咲かせ、いつの間にか、上がり框に腰を降ろしていた。他人と話しするのは、あまり好きではなかった。ましてや、昔話となると、良い思い出が無いため、出来なかった。
主に聞く側だったが、それでも楽しかった。今の状況を忘れるには、丁度良すぎた。
特に急いでいる訳でもなかったが、あまり長居して、営業に差し支えると、申し訳なかった為、限が良い所で話を切り上げた。
帰り際に、有名な作家の小説を買い、古本屋を後にした。
次に向かったのは、忘れもしないミムラヤだった。あの日以降、ここには一切、脚を運んでいなかった。大学に合格したことは、知って居るが、直接報告する暇もなかった。
変わらぬ外装で、変わらぬパンの香ばしい香りが漂っている。
ベルの付いたドアを開けると、奥の方から、おばさんの元気な声が響く。18年も居た実家より、一ヶ月ほどしか居なかった、この店の方が、凄く安心した。
おばさんは相変わらずの忙しそうな、足取りで出て来た。直ぐに私だと分かったらしく、嬉しそうに話しかけて来た。
「まぁまぁ、奇麗になって…。」
「ご無沙汰してます…。あの時のパンの代金、お支払いしに来ました。」
「あら、本気にしてたの?」
ここでも、多少押し問答があったものの、全額お支払いした。
大学に入学したことや、向こうの方でバイトもやって居て、ちゃんと生活していることも話した。
話せば、気が楽になると思っていたが、そうではなかった。おばさんが頷く度、相槌を打つ度に、こみ上げるものがあった。
高校の三年間、必死になっていたことと、夢の様に楽しかった、この数か月が、ギリギリ、私を人間として留めていたのかもしれない…。
気が付けば、今までの思いの丈をぶちまけていた。これまで、自分を呪う事はあっても、誰かにそんなことは、言ったことがない。
感情がもうぐちゃぐちゃだった。湧き水の様に、溢れ出てくる“それ”は、19年分の物だった。
もうどうにもならない…。
その時だった。ドアのベルが鳴り、誰かが入店してきた。視界が滲んでいて、顔は分からなかったが、声でその人が誰なのか、解ってしまった…。
「やっと、見つけた。」
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