レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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7章:廻り

6 提案

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 香織を引き連れ、ミムラヤの前まで来た。彼女は慌てた様に、入店を拒否した。
 「わ、私、ここにもう来れないって言ったよね?」
 「バイトでは、でしょ?普通にパン買いに来るなら良いんじゃない?」
 「どっちにしろ、今は…その…。」
 「パンくらい、奢ってあげるって。私の分は買うけど。」
 そう説得し、半ば強引に店内に引っ張った。
 中に入ると、奥からおばちゃんの元気な声が聞こえた。
 どたどたと、忙しそうな足音を響かせ、店先に出て来た。
 「いらっしゃ…か、香織ちゃん⁉」
 香織は、俯き頭を下げた。
 「この間は、ご迷惑おかけしました…。」
 「迷惑なんて、思ってないよ。それより、お腹、空いてるんじゃない?」
 「い、いえ、大丈夫…。」
 「大丈夫じゃないでしょ?さっきだって、倒れたんだから。」
 おばちゃんも、そこまで聞くと、黙って居なく、店の奥に招き入れた。

 おばちゃんは、皿にいくつものパンを乗せ、彼女の前に出した。実際は、私が奢るつもりだったが、「ない物は取れない」と言い、御馳走してくれた。
 最初は渋っていたものの、二人掛で説得され、漸く一口頬張ってくれた。それが、引き金だったのか、貪る様に、一つ二つと、口を付けた。この三日間、本当に碌な物を口にしていなかったのだろう。
 三つ目に手を掛けた時、泣きながら、「すみません」と謝った。
 「こんなに優しくされたの、久々で…。」
 その言葉が、何とも切なかった。パンを食べただけで、泣きながら感謝するって、どれだけ、過酷な所に居たら、こうなるのか。私には、想像もしなかった。
 暫くすると、落ち着きを取り戻し、ポツリポツリと、今までの事を話してくれた。
 腕の火傷の痕の事や、クマの縫いぐるみの話。古本屋のおじさんの事は、おばちゃんも知って居る人物だったらしく、前に、似た様な話を本人から聞いたと言っていた。
 「最近は全く行けてませんが、あのおじさんは元気なんですか?」
 「元気も何も、先週も川釣りしに行ってたよ。店の方もまだやってるみたい。」
 「そうですか…。」
 その時の、彼女の本当に嬉しそうな顔は、今でも忘れない。
 「そろそろ、時間ね…。また、お腹空いたら、来てね?」
 「今度は、ちゃんとお金、持ってきます。」
 「出世払いで良いよ。独り立ちして、思い出したら、返しにおいで。」
 今回は、多少渋ったが、了承していた。

 「香織は将来、やりたい事とかあるの?」
 「先の事は、いつも考えない様にしてた。色んな人に、助けを求めても、期待感だけ積もるばかりで、意味がなかった。
 だから、ずっと一人で何とかできる様にしてきた。その方が、余計な事考えなくてすむし、誰にも迷惑かけないからね…。」
 寂しいのか、それとも嬉しいのか。どちらにもとれる様な声だった。
それが、彼女が今まで経験した中で、一番皆に嫌われない方法なのだろう。本人が言えば、それより深く追求されない。
 保健室で『大丈夫』と連呼したのも。でっち上げのタレコミを認めたのも。全部、それ以上大事にさせず、誰にも迷惑かけないようにするための、知恵なのだろう。
 ただ、質問の答えには、なっていない。
 考えない様にしている。言い換えれば、『考えることはある』ことになる。まだ、彼女の本心を聞けていない。
 「本当は?」
 「え?」
 「本当に、香織のしたい事とかは?あるんでしょ?聞いててあげるから、言ってみな?いうだけなら、タダだから。」
 暫く、黙った後、立ち止まり、口を開いた。

 「…いっぱいあるよ…。旅行にだって言ってみたい。美味しい物だって色々食べてみたいし、友だちとふざけ合って、遊び回ってみたい。」
 声が震えている。それが、彼女にとっての夢だった。普通の人なら、誰しもが経験していると思うが、彼女にとっては、夢にまで見る程の事だった。
 「でも一番は、他人からの愛情が欲しい…。
 いい行いをすれば、褒められて。
 悪い事すれば、怒られて。
 辛い事があれば、慰めて貰えて。
 病気やけがをしたら、心配されて。
 甘えたいときに、甘えられて…。
 私には、烏滸がましい事かもしれないけど、何回も夢見てた。
 ただ、この傷があるから、無理。お洒落することもできないから、旅行も他人と遊ぶのも出来ない。お金もないから、パン一つ食べるのがやっと。
 何より、愛情なんて、夢のまた夢…。」
 
愛情の所で、胸が苦しくなった。もう16の年頃の少女に、何故、そんな事を言わせなきゃならない…。顔も名前もよく知らない、彼女の両親と妹が、心底憎い。
 自分でも、お節介だと思ったが、ここまで苦しんでいる人を、放っておいたら、自分の良心が傷む。
 だから、彼女にある提案をした。


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