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7章:廻り
4 過去
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公立の学校だった為、特別、進学に力を入れている訳ではなく、どちらかと言うと、部活動が少しだけ盛んなだけだった。
香織と知り合ったのは、そんな高校に入って直ぐだった。たまたま、同じクラスだっただけで、特に、仲良くなった訳でもなかった。
真面目で、話かければ、何でも答えてくれたが、テレビや今の流行の話になると、お茶を濁していた。勉強も、人並み程度で、入学直後の学力テストでは、丁度中間あたりだった。
私にとっては、居ても居なくてもどうでもよかった。
ただ、見ているだけで、幸せが薄そうな娘。第一印象がそれだった。
高校生だというのに、放課後誰かと遊ぶこともせず、家路に向かう彼女は、直ぐに浮いた存在になった。
ある日の放課後、偶々商店街で彼女を見かけた。制服を着たまま、『ミムラヤ』というパン屋から出て来たところだった。何かを買ったわけでもなさそうで、袋を持っていなかった。そのパン屋のおばちゃんも、手を振って見送っている。
学校が終わったのは、もう一時間も前の話だ。バイトは学校側と保護者から許可を貰えば、可能だが、一時間だけ雇ってくれるところなんて、あるのだろうか。
その次の日、その答えが、何となく分かった。彼女は昼休み、手の平サイズの餡パンを食べていた。どう考えても、育ち盛りの私たちには、その小さなパン一つでは、足りない。
翌日も、翌々日もその、小さい手の平サイズの菓子パン類で昼を済ませていた。
流石に気になり、彼女がパン屋を出た後、そのパン屋に入店した。おばちゃんが元気に、レジを打っていた。
ショーケースを見ると、どれも、普通サイズのパンで、彼女がいつも食べている、手の平サイズのパンは、一つもなかった。
「今どきの高校生が、こんな小さいパン屋に来るなんて、珍しいこともあるんだねぇ。」
おばちゃんが、そう私に声を掛けて来た。
「いつも来てる、あの女子高生は今日、居ないんですか?」
その質問が、まずかったのか、おばちゃんは目を見開いた。どうやら、制服で彼女と同じ高校と解ったようだ。
「あの娘がここで何をしてるのか、少し気になって。」
「あの娘にも、誰にも言わないって、約束できる?」
どうやら、バイトではなく、手伝いをしているらしい。複雑な家庭事情で、稼いだバイト代は、全てむしり取られる。そもそも、バイトをすること自体、許されない。だから、バイトという名目ではなく、手伝いをしているらしい。報酬も金銭でなく、売り物にならない、もしくは売れ残ったパンを、三つ。
「本当は、売れ残りなら、好きなだけ持って行って欲しいんだけど、あの娘が一時間しか入れないのに、そんなには貰えないって、断られちゃって…。」
「どうして一時間しか、入れないんですか?」
「親に内緒でやってる分、早く帰らないと、バレる可能性があるって言ってた。」
私も、小さい時から実家の手伝いはしていたが、それは、ただの親孝行だった。彼女の様に、自分が生きる為にとは、考えもしなかった。
「今年の二月に、コートもマフラーもしないで、頭下げに来てね…。私も断ろうとしたんだけど、個人経営の商店は軒並み断られたらしくて、『もうここしかないんです。』って、泣きながら頼みこまれて、仕方なく引き受けたの。」
二月と言えば、周りはバレンタインだの、受験だので、盛り上がっている最中だ。当の私も、受験勉強で大変だったというのに、彼女は、まるで、合格する前提で動いていた。
いや、もしかしたら、逆なのかもしれない。合格しなかったら、そのままここで働くつもりだったのかも、知れない。予想でしかないが、どちらに転んでも、ここに来るしかなかったのかもしれない…。
「最初こそは、色々覚束ない事もあったけど、飲み込みも早いし、真面目だし、作業も丁寧だし、何より、愛想が良いでしょ?
何でこんないい娘が、自分の為に大人に頭下げなきゃいけないんだろう、って最近思ってて。自分の為にお金使いたい年頃だろうし、やりたい事とかいっぱいあるだろうに…。」
その日は、彼女が焼いたという、餡パンを一つ購入して、帰った。
香織と知り合ったのは、そんな高校に入って直ぐだった。たまたま、同じクラスだっただけで、特に、仲良くなった訳でもなかった。
真面目で、話かければ、何でも答えてくれたが、テレビや今の流行の話になると、お茶を濁していた。勉強も、人並み程度で、入学直後の学力テストでは、丁度中間あたりだった。
私にとっては、居ても居なくてもどうでもよかった。
ただ、見ているだけで、幸せが薄そうな娘。第一印象がそれだった。
高校生だというのに、放課後誰かと遊ぶこともせず、家路に向かう彼女は、直ぐに浮いた存在になった。
ある日の放課後、偶々商店街で彼女を見かけた。制服を着たまま、『ミムラヤ』というパン屋から出て来たところだった。何かを買ったわけでもなさそうで、袋を持っていなかった。そのパン屋のおばちゃんも、手を振って見送っている。
学校が終わったのは、もう一時間も前の話だ。バイトは学校側と保護者から許可を貰えば、可能だが、一時間だけ雇ってくれるところなんて、あるのだろうか。
その次の日、その答えが、何となく分かった。彼女は昼休み、手の平サイズの餡パンを食べていた。どう考えても、育ち盛りの私たちには、その小さなパン一つでは、足りない。
翌日も、翌々日もその、小さい手の平サイズの菓子パン類で昼を済ませていた。
流石に気になり、彼女がパン屋を出た後、そのパン屋に入店した。おばちゃんが元気に、レジを打っていた。
ショーケースを見ると、どれも、普通サイズのパンで、彼女がいつも食べている、手の平サイズのパンは、一つもなかった。
「今どきの高校生が、こんな小さいパン屋に来るなんて、珍しいこともあるんだねぇ。」
おばちゃんが、そう私に声を掛けて来た。
「いつも来てる、あの女子高生は今日、居ないんですか?」
その質問が、まずかったのか、おばちゃんは目を見開いた。どうやら、制服で彼女と同じ高校と解ったようだ。
「あの娘がここで何をしてるのか、少し気になって。」
「あの娘にも、誰にも言わないって、約束できる?」
どうやら、バイトではなく、手伝いをしているらしい。複雑な家庭事情で、稼いだバイト代は、全てむしり取られる。そもそも、バイトをすること自体、許されない。だから、バイトという名目ではなく、手伝いをしているらしい。報酬も金銭でなく、売り物にならない、もしくは売れ残ったパンを、三つ。
「本当は、売れ残りなら、好きなだけ持って行って欲しいんだけど、あの娘が一時間しか入れないのに、そんなには貰えないって、断られちゃって…。」
「どうして一時間しか、入れないんですか?」
「親に内緒でやってる分、早く帰らないと、バレる可能性があるって言ってた。」
私も、小さい時から実家の手伝いはしていたが、それは、ただの親孝行だった。彼女の様に、自分が生きる為にとは、考えもしなかった。
「今年の二月に、コートもマフラーもしないで、頭下げに来てね…。私も断ろうとしたんだけど、個人経営の商店は軒並み断られたらしくて、『もうここしかないんです。』って、泣きながら頼みこまれて、仕方なく引き受けたの。」
二月と言えば、周りはバレンタインだの、受験だので、盛り上がっている最中だ。当の私も、受験勉強で大変だったというのに、彼女は、まるで、合格する前提で動いていた。
いや、もしかしたら、逆なのかもしれない。合格しなかったら、そのままここで働くつもりだったのかも、知れない。予想でしかないが、どちらに転んでも、ここに来るしかなかったのかもしれない…。
「最初こそは、色々覚束ない事もあったけど、飲み込みも早いし、真面目だし、作業も丁寧だし、何より、愛想が良いでしょ?
何でこんないい娘が、自分の為に大人に頭下げなきゃいけないんだろう、って最近思ってて。自分の為にお金使いたい年頃だろうし、やりたい事とかいっぱいあるだろうに…。」
その日は、彼女が焼いたという、餡パンを一つ購入して、帰った。
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