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6章:代り
10 現実
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気付けば、日が暮れ始めていた。足に鉛が付いている様に重かった。夢であってほしかった。
そう願いながら、れとろに向かった。店の前には、二人分の人影が見える。
それほど辺りが暗いわけではないが、私の目には、霞んで見えた。
「寧々!」
彩の声だ…。
「随分と遅かったね…。香織ちゃんとすれ違わなかった?」
その言葉で、改めて現実に戻される。
「私がそのお金、立て替えます。」
思わぬ発言だった。
だが、私は知って居る。彼女に、彼等の提示した、50万を払うほどの財力は無い。いつも学食で、安いパスタを食べる程、余裕がない…。バイトをしているとは言え、学生が稼げる額では、到底無理な話だ…。
男たちも、思う事があったのか、聞き返していた。
「その娘に代わって、君が払ってくれるの?」
「はい。ですので、寧々にはこれ以上関わらないで下さい。」
少しの間が空いた後、男たちが、声を上げて笑い出した。
「いや~、すまんね。あまりにも勇ましくて、つい…。でも、全額払える訳ではないでしょ?
悪い事は言わないからさ、他人の事に首突っ込まない方が良いよ。」
「いえ、払います。」
男が何か言いかけたが、違う男が耳打ちした。
すると、深いため息をついた後、『解った』と連呼した。
「じゃぁ、ちょっと俺たちと来てもらおうか。君にはもう用は無いから、帰りな。」
持っていたエフェクターをバッグに入れ直し、私によこした。
「ちょ、香織ちゃん!ダメ!これは私の問題だから。」
「貴女には、悲しむ人が居るんでしょ?
大丈夫、私にはそんな人居ないから。失うならなるべく少ない人が良いよ。」
何だよ、それ…。何でこんな状況で、そんないい顔できるんだ…。何で、言葉の内容と声色が矛盾しているんだ…。
足は震えてないが、声は震えている…。
悲しむ人が居ない?居るよ。私も彩も麻由美も。それだけじゃなくて、九条さん達も。
知らないかもしれないけど、皆、あんたが好きなんだよ。冗談言っても笑ってくれる。抜けている所はあるけど、他人の気持ちをその人より解ってる。解ろうとしてくれる。
そんな優しいあんたが、私は好きなんだよ…。
「ダメ…。」
呟いたが、ビル風の所為で聞こえない。いや、声が出ていなかったのかもしれない…。
「威勢が良かった割には、かなり無理してたんじゃないの?」
男のニヤニヤ顔が気持ち悪かった。
「確かに通帳上は、幾らか余裕はありそうだけど、50万は流石に大きいんじゃないの?ま、払えたとしても、返すわけにはいかないけど。」
「それはどういう事でしょう。」
想定していなかったわけではないが、聞き返した。
「俺も鬼じゃないからさ、他人の金に手を付ける訳にも行かない。だから、君に働いて少しずつで良いから、返してもらうよ。」
「寧々は借りたのは、5万円と言ってましたが、矛盾がありそうですね。」
「それは、ただの勘違いさ。」
この人たち、本当に50万を払わせる気らしい。
まぁ、自分が決めた事だ。どんな道になろうが、誰かを恨むことはできない。
正直に言うと、初めて他人に頼られたのが、嬉しかった。そして、初めて親と妹が、あんなので良かったと思った。
多分寧々の周りに集まる人たちは、彼女の優しさに、ついつい甘えてしまうのだろう…。
彼女自身も、それに応えなきゃいけないから、多少無理をしても、『大丈夫』で居られるのだろう。
でも、頼ってくれる人が居るなら、まだ間に合う。
だから、私の所まで降りてくる必要はない。私の事なんて、深く考えないで、おばぁちゃんの事だけ、考えていて欲しい…。
ここは、駅からは近いが、地上にはない。表向きは、ただのバーの様になっているから、法律も警察も降りてくる事は無い。
私の人生は終わった事になるだろう…。物心つく頃から、そんな物、あってなかった様な事だから、今更未練はない。
だが、この数か月は結構、私なりに楽しかった。
この間、彩には、『困ったら頼れ』と言われたが、今回ばかしは、譲れない。私が一番都合が良いだろう。居なくなろうが、親が探さない。補導されようが、妹が心配しない。
むしろ、厄介払い出来て喜ぶだろう。もしかしたら、虐める相手が居なくなるから、少しは悔しがるだろうか…。それで復讐になるなら、私は安物なのだろう…。
その時、扉が乱暴に開けられた。ドアの前に居た、男数人が、その拍子に吹き飛んだ。
決して待っていた訳でも、時間稼ぎをしていた訳でもない。
「レトロと同じバーだが、辛気臭いな…。」
だが、心のどこかで、彼なら必ず来ると思っていた。
だから、少し気持ちに余裕があったのかもしれない。
男たちが怒鳴り散らし、彼を取り囲む。今にも殴りかからんばかりの、勢いだが、それでも彼は、平然としている。
「どこの組のもんじゃ!」
「俺はとあるバーの店主で、その娘の雇い主。ウチのバイトを返してもらおうか。」
そう願いながら、れとろに向かった。店の前には、二人分の人影が見える。
それほど辺りが暗いわけではないが、私の目には、霞んで見えた。
「寧々!」
彩の声だ…。
「随分と遅かったね…。香織ちゃんとすれ違わなかった?」
その言葉で、改めて現実に戻される。
「私がそのお金、立て替えます。」
思わぬ発言だった。
だが、私は知って居る。彼女に、彼等の提示した、50万を払うほどの財力は無い。いつも学食で、安いパスタを食べる程、余裕がない…。バイトをしているとは言え、学生が稼げる額では、到底無理な話だ…。
男たちも、思う事があったのか、聞き返していた。
「その娘に代わって、君が払ってくれるの?」
「はい。ですので、寧々にはこれ以上関わらないで下さい。」
少しの間が空いた後、男たちが、声を上げて笑い出した。
「いや~、すまんね。あまりにも勇ましくて、つい…。でも、全額払える訳ではないでしょ?
悪い事は言わないからさ、他人の事に首突っ込まない方が良いよ。」
「いえ、払います。」
男が何か言いかけたが、違う男が耳打ちした。
すると、深いため息をついた後、『解った』と連呼した。
「じゃぁ、ちょっと俺たちと来てもらおうか。君にはもう用は無いから、帰りな。」
持っていたエフェクターをバッグに入れ直し、私によこした。
「ちょ、香織ちゃん!ダメ!これは私の問題だから。」
「貴女には、悲しむ人が居るんでしょ?
大丈夫、私にはそんな人居ないから。失うならなるべく少ない人が良いよ。」
何だよ、それ…。何でこんな状況で、そんないい顔できるんだ…。何で、言葉の内容と声色が矛盾しているんだ…。
足は震えてないが、声は震えている…。
悲しむ人が居ない?居るよ。私も彩も麻由美も。それだけじゃなくて、九条さん達も。
知らないかもしれないけど、皆、あんたが好きなんだよ。冗談言っても笑ってくれる。抜けている所はあるけど、他人の気持ちをその人より解ってる。解ろうとしてくれる。
そんな優しいあんたが、私は好きなんだよ…。
「ダメ…。」
呟いたが、ビル風の所為で聞こえない。いや、声が出ていなかったのかもしれない…。
「威勢が良かった割には、かなり無理してたんじゃないの?」
男のニヤニヤ顔が気持ち悪かった。
「確かに通帳上は、幾らか余裕はありそうだけど、50万は流石に大きいんじゃないの?ま、払えたとしても、返すわけにはいかないけど。」
「それはどういう事でしょう。」
想定していなかったわけではないが、聞き返した。
「俺も鬼じゃないからさ、他人の金に手を付ける訳にも行かない。だから、君に働いて少しずつで良いから、返してもらうよ。」
「寧々は借りたのは、5万円と言ってましたが、矛盾がありそうですね。」
「それは、ただの勘違いさ。」
この人たち、本当に50万を払わせる気らしい。
まぁ、自分が決めた事だ。どんな道になろうが、誰かを恨むことはできない。
正直に言うと、初めて他人に頼られたのが、嬉しかった。そして、初めて親と妹が、あんなので良かったと思った。
多分寧々の周りに集まる人たちは、彼女の優しさに、ついつい甘えてしまうのだろう…。
彼女自身も、それに応えなきゃいけないから、多少無理をしても、『大丈夫』で居られるのだろう。
でも、頼ってくれる人が居るなら、まだ間に合う。
だから、私の所まで降りてくる必要はない。私の事なんて、深く考えないで、おばぁちゃんの事だけ、考えていて欲しい…。
ここは、駅からは近いが、地上にはない。表向きは、ただのバーの様になっているから、法律も警察も降りてくる事は無い。
私の人生は終わった事になるだろう…。物心つく頃から、そんな物、あってなかった様な事だから、今更未練はない。
だが、この数か月は結構、私なりに楽しかった。
この間、彩には、『困ったら頼れ』と言われたが、今回ばかしは、譲れない。私が一番都合が良いだろう。居なくなろうが、親が探さない。補導されようが、妹が心配しない。
むしろ、厄介払い出来て喜ぶだろう。もしかしたら、虐める相手が居なくなるから、少しは悔しがるだろうか…。それで復讐になるなら、私は安物なのだろう…。
その時、扉が乱暴に開けられた。ドアの前に居た、男数人が、その拍子に吹き飛んだ。
決して待っていた訳でも、時間稼ぎをしていた訳でもない。
「レトロと同じバーだが、辛気臭いな…。」
だが、心のどこかで、彼なら必ず来ると思っていた。
だから、少し気持ちに余裕があったのかもしれない。
男たちが怒鳴り散らし、彼を取り囲む。今にも殴りかからんばかりの、勢いだが、それでも彼は、平然としている。
「どこの組のもんじゃ!」
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