レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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6章:代り

8 予感

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 「実はね…。ばぁちゃん、手術してもしなくても、そんなに長くないんだって…。」
 何度か問い詰めて、漸くポツリと話してくれた。
 「体力的にも大分弱っててね…。でも、せっかく皆が動いててくれてるから、どうしても言えなくて…。
 それに、言いにくいけど、幾らかお金も借りちゃった後だったし…。」
 「借りたって、幾ら?」
 「大した額じゃないけど、入院費の足しくくらい…。」
 入院費が幾らかは知らないが、この間売った機材も本人曰く、総額十万近くになったと言っていた。寧々の事だ、全て入院費に宛てるのだろう…。
 借りたお金も、大体、数万程だろうが、学生にとっては、痛い額だ。
 「ごめんね、無理に聞き出しちゃって…。」
 「隠してても、いずれバレるだろうし、嘘は付きたくない。」
 「本当に、お父さんたちには、連絡できないの?」
 「この間したよ。でも、ここまで大変なことは、どうしても言えなかった…。向こうも向こうで、忙しいみたいだし、弟もこの時期が一番大事だし…。
 そう言えば、香織ちゃんは兄弟とか居るの?」
 「妹が一人。」
 「そう…。姉ちゃんって大変だよね…。」
 私も大変だった。だが、それは『姉』だからではなく、あの一家だったから。
 彼女はどうか知らないが、私はあの家に産まれなきゃ良かったと、思ったのは数知れなかった。過ぎた時間を、巻き戻す事はできないし、刻まれた傷も消す事もできない。
 そんな世界で生きてきた、私にとって、名前も知らぬ彼女の弟が、羨ましくて仕方なかった。
 寧々とは同い年ではあるが、初めてあの話を聞いた時から、彼女の様な姉が居たらと、考えた事があった。
 強くて頼もしい、料理上手な姉。贅沢過ぎる程の存在だ。
 そんな彼女が、今は手一杯なほど、苦しんでいる。私は、十六年間、それを飽きる程味わってきた。
 だから…。
 「親にはちゃんと話しした方が良い。」
 今の寧々は、昔の私に似ているが、違う。私は手を伸ばしても、助けてくれる人は、誰も居なかった。相談しても、知らぬ存ぜぬを通された。仕舞いには、同級生には嘘つき呼ばわりまでされたこともあった。
 だけど、今の彼女は、手を伸ばしていないだけ。自分だけで何とかしようとしている。
 「ちゃんと、親も話し聞いてくれるんでしょ?だったら、相談できる内にした方が絶対良い。私が保証する。」
 「…。」
 返事は聞けなかったが、首を縦に振った。
 「そろそろ、良いかな…。そのソファ、普通に使いたいんだけど…。」
 今まで、存在を忘れていたが、藤吉先生もこの話を聞いていた。
 「まぁ、他言はしないでおくから、早くバイトに行きな?大変なんだろ?」
 まだ私は午後の講義があったため、もう少し、残ることにした。
 「悪いが、今回ばかしはどうしようもないな。」
 開いた方のソファに寝そべりながら、先生が呟いた。
 「人様の家庭の事情に、首を突っ込むほどの力はない。ばあさんと暮らしているとは言え、親元を離れて、独り立ちした以上、決定権はあの娘にある。俺らが囃し立てても、あの娘が動かなきゃ、意味がない。」
 そうかもしれないが、言わなきゃ伝わらない。
 「伝わればいいな。」

 「寧々が、まだ帰ってない?」
 講義が終わり、私がれとろに着いたのは、15時を回っていた。
 古川マスターがカウンター内でそわそわしていた。
 「えぇ、40分程前に買い出しに行ったきり…。頼んだものも、それ程多くはないですからね…。まぁ、心配ないとは思いますが…。」
 寄り道するような人ではない。だから、と言う訳でもないが、嫌な予感が過った。
 「ちょっと、探してきます。」
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