レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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6章:代り

6 売却

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 お店から、二百メートルほど離れた閑静な住宅街に、彼の住むマンションがあった。
 マンションと言っても、今井さんが住んで居る様な、高層マンションではなく、一般的な、賃貸マンションだ。
 駐車場も完備されていたが、九条さんの車は、見当たらなかった。
 教えられた部屋のチャイムを鳴らしたが、応答がなかった。
 スマホも、何度か鳴らしてみたが、出なかった。
 店を出る前に、送ったメッセージも既読されていない。
 渡すものが鍵な以上、ポストに投函する訳も行かず、諦めかけていたとき、背後から声を掛けられた。
 振り向くと、部屋着姿の男性が立っていた。声がガラガラで、マスクもしているため、彼が九条さんと、気が付くのにかなりの時間が掛かった。
 コンビニに行った帰りらしく、手にはレジ袋を持っていた。
 「車の鍵、届けて欲しいと、古川さんに頼まれまして。」
 「ありがとう。てっきり、マスターが来るのかと思ってたから…。」
 「一応、メール送ったんですけど…。」
 「見てなかったなぁ…。」
 鍵を渡しながら、そんな会話をした。
 「せっかく来てもらったんだけど、うつすと悪いから、ここで…。」
 「お大事にして下さいね。」

 翌々日の日曜、この日の午前は、祖母のお見舞いに行ってから来るらしく、寧々は遅れて来るとの事だった。
 九条さんも、今日から復帰できるらしかった。
 「寧々、持っていた機材、ほとんど売っちゃって、今は随分と身軽になっちゃって…。」
 カウンターに頬杖突いた彩が呟いた。近くの本屋に寄った帰りらしい。
 「機材?」
 「エフェクターとかだよ…。まぁ実際ベースは無くても弾けちゃうんだけど、寧々みたいに、拘る人は結構集めちゃうからね…。
 種類やメーカーによっても、値段も違うし、良い物は、中古でも、かなりの値段で売り買いされるから、楽器弾きにとっては、資産みたいな物だね…。」
 前に、寧々から力説された事を思い出した。あのスマホ並みの小さい箱に、数万円かかる物があるらしい。それを、アタッシュケースの様な、四角い箱に入れて持ち歩いている事も、多々あった。
 「それに、寧々が持っていたやつは、かなり良い物だからね…。限定品もあったから、一度売っちゃえば、なかなか手に入らない物も多かったのに…。
 おばぁちゃんの為とは言え、そこまでして、お金かき集めなきゃならないのかな?」
 あれだけ、力説できるほど、勉強して、欲しくて手に入れたものを、そう簡単に手放せるものなのだろうか…。
 本人に聞いたところで、寧々の事だ、『いいの、大丈夫』とか言うだけで、何も解決しないだろう。
 「あたしも経験あるな…。」
 「今井さんもそんな時期があったんですか?」
 「他人の為ではなかったけど、お金が必要な時期があって、持ってた時計とかバッグとか殆ど売っちゃってね…。」
 『あの時は大変だったなぁ』としみじみと物思いに更けていた。
 私は、お金が必要でも、売れるものは、ほとんどなかった。服も所持品も、最低限な物しかなかった。
 本は幾らかで売れたのかもしれないが、親の同意がなければ、売ってもらえないことは、古本屋のおじさんが、教えてくれた。
 そうこうしている間に、時計は11時を告げた。
 今日は日曜日だというのに、客足は少なく、常連の自称作家さん一人と、高校生一人が、各々作業をしている。
 古川マスターは銀行に行っている為、今は不在。
 「お二人、お昼どうします?簡単な物なら作れますよ。」
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