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5章:密か
10 期待
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全て話した。この傷の事や、今までの生い立ちを。二人は何も言わずに聞いてくれた。十六年という、私の時間は薄っぺらいのにとても濃い。一言で説明できるが、伝えきれない。
それでも、一度話し出すと、止まらない。この間、九条さん達に話した時もそうだった。もしかしたら、聞いて欲しいのかもしれない。話してどうなるかは、分からない。聞いてもらって、どうして欲しいのかも分からない。
「想像以上だな…。」
大体話し終え、暫くの沈黙を破り、先生が声を発した。彩は椅子に座り直し、茫然としている様だった。
「あの時は正直、怖かったです。でも、弱みを見せれば、そこに付け込まれて、何度も酷い目に遭いました。だから、無意識の内に、どんな状況でも、自分と周りを騙す様になりました。
彩の言う様に、甘え方を知らないと言うのも、ある意味、当たっていますね…。さっき言われた時、ドキッとしました。これ以上隠しても、彩には気付かれるって思って、はなしました。」
助けてくれると思わされて、結局は口だけ。助けて欲しい時に、誰も見向きもしなかった。
人から『甘える』を抜き取るには、充分過ぎる。それでも、他人と普通に接しなければ、自分を守れない。だから、『大丈夫』が私にとって、都合の良い言葉だった・
「ごめん…。」
「彩は悪くないよ…。」
「ちょっと、顔洗ってくる…。」
そう言って、彩は一旦、部屋を出て行った。先生は、いつの間にか止まってしまった、イルカの振り子を突き、再び動かした。
「失った時間は、取り戻せないが、止まった時間は、少し突けば、案外簡単に動くみたいだね。」
前後に揺れるイルカを見つめながら、先生が呟いた。
「先生はいつから気付いて居たんですか?」
いつか、こういう機会が来たら、聞こうと思っていた。それが、思いのほか、早く来てしまった。
「何時からだろうね…。でも、九条以外にも、君を見てる人は、沢山いる。それを分かって欲しくて、遠野も呼んだんだ。」
やっぱり、この人は私の知っている、『先生』とは違う。勉強を教えてくれても、ここまで、他人を見てくれている教師は、私は知らない。
「凄いですね…。」
「それが、教師っていうものだ。遠野が戻ったら、今日はもう帰りな。」
日も傾き、辺りがオレンジ色に染まっている。先生は机の上を片付け始めた。普段は、眠そうな顔をしているが、この時からは、少しだけ、見方が変わった気がした。
それでも、一度話し出すと、止まらない。この間、九条さん達に話した時もそうだった。もしかしたら、聞いて欲しいのかもしれない。話してどうなるかは、分からない。聞いてもらって、どうして欲しいのかも分からない。
「想像以上だな…。」
大体話し終え、暫くの沈黙を破り、先生が声を発した。彩は椅子に座り直し、茫然としている様だった。
「あの時は正直、怖かったです。でも、弱みを見せれば、そこに付け込まれて、何度も酷い目に遭いました。だから、無意識の内に、どんな状況でも、自分と周りを騙す様になりました。
彩の言う様に、甘え方を知らないと言うのも、ある意味、当たっていますね…。さっき言われた時、ドキッとしました。これ以上隠しても、彩には気付かれるって思って、はなしました。」
助けてくれると思わされて、結局は口だけ。助けて欲しい時に、誰も見向きもしなかった。
人から『甘える』を抜き取るには、充分過ぎる。それでも、他人と普通に接しなければ、自分を守れない。だから、『大丈夫』が私にとって、都合の良い言葉だった・
「ごめん…。」
「彩は悪くないよ…。」
「ちょっと、顔洗ってくる…。」
そう言って、彩は一旦、部屋を出て行った。先生は、いつの間にか止まってしまった、イルカの振り子を突き、再び動かした。
「失った時間は、取り戻せないが、止まった時間は、少し突けば、案外簡単に動くみたいだね。」
前後に揺れるイルカを見つめながら、先生が呟いた。
「先生はいつから気付いて居たんですか?」
いつか、こういう機会が来たら、聞こうと思っていた。それが、思いのほか、早く来てしまった。
「何時からだろうね…。でも、九条以外にも、君を見てる人は、沢山いる。それを分かって欲しくて、遠野も呼んだんだ。」
やっぱり、この人は私の知っている、『先生』とは違う。勉強を教えてくれても、ここまで、他人を見てくれている教師は、私は知らない。
「凄いですね…。」
「それが、教師っていうものだ。遠野が戻ったら、今日はもう帰りな。」
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