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5章:密か
8 早朝
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夢を見ていた気がしたが、覚えていない。何か、モヤモヤした感覚で目を覚ました。窓の外が、幾らか明るくなっている。枕もとの時計は、五時を示していた。ぼやけていた視界が、次第にしっかりとしてきた。今井さんが隣で寝ていた。ペンギンのぬいぐるみを抱いていた。ペンギンは、黙ってこちらを見つめているが、とても苦しそうだ…。
彼女を起こさない様に、そっと立ち上がり、寝室を出た。流石に明け方は、ひんやりとしていた。リビングに行き、窓の外を見た。外は生憎の曇り空で、今にも降りそうな感じだ。
置きっぱなしになっていた、スマホを見ると、古川マスターからメッセージが数件、来ている。昨日のことを、九条さんからでも聞いたのか、『無理せずに』とのことだった。
「慣れないでくれ。」
先生に言われた言葉を、思い出し、呟いた。
今まで、小中高と、学校に通ってきたが、ちゃんと向き合てくれた先生はいなかった。
私の前では、親にしっかり言ってくれるといったが、家庭訪問で成績の話だけして帰った、小学低学年の時の担任。
修学旅行費を出す様に頼み込みに来たが、諦めてしまった、小五の時の学年主任。
妹からの嫌がらせを見て見ぬふりをしていた、生活指導の教師。
お陰で、『先生』に頼ることを、辞めた。他人に期待することも、無くなった。
だから、藤吉先生の存在は、私にとっては、すごく、新鮮だった。
ぽつりぽつりと、小さな雨粒が、ベランダの手すりを濡らし始めた。
昨日は暗くて、気付かなかったが、ベランダにも、観葉植物や花が並んでいる。綺麗に育っているところを見ると、まめに手入れをしている様だ。
「早いね…。」
背後から、今井さんの声が響いた。振り向くと、眠そうに目を擦っていた。私の隣に歩み寄り、外を見た。
「降っちゃったか…。」
そう言い、窓を開け、ベランダに出た。全ての植物を観察し、鋏を取り出した。一番背の高い植物の前にしゃがみ、枝を二、三本切り取った。何か呟いていたが、聞こえない。気になり、私も、ベランダに出た。
「これ何ですか?」
「これは、テーブルヤシ。最初買ったときはマグカップみたいな鉢に、入ってたんだよ。
で、こっちが、パキラ。」
植物については、それほど詳しくないが、名前は聞いたことがあった。小さい木の幹の様な根が、特徴的だった。
他にも、ガジュマルやポトス。花は害虫除けに、育てているらしい。
「好きなんですか?」
「うん。水と光さえあれば、文句言わずに育つからね。ちゃんと手入れもすれば、花を咲かせたり、大きくなったり。頑張った分、彼らは、それに応えてくれる。
それに、あたし、寂しがりだから…。」
最後の一言は、珍しく、恥ずかしそうだった。こんなに広い部屋なのに、寂しがりというのは、少し疑問だった。私は狭い空間で育ったから、寂しがりの気持ちはよく解る。でも、彼女の心理は解らない…。だからこそ、知りたい。彼女の気持ちを…。
植物たちに、声を掛けながら、手入れをしている彼女の姿は、誰かに似ている…。
「香織ちゃんも何か育ててみる?」
私の視線に気付いたのか、こちらを見て訊ねてきた。植物を育てるなど、勿論やったことがない。小学生のころ、夏休みの宿題でアサガオを育てた事があったが、それも妹に邪魔された。あと少しで花が咲きそうだった時に、引っこ抜かれた。植えなおしたが、ダメだった。だから、私の観察日記も途中で止まってしまった。
私の不安そうな表情を読み取ったのか、立ち上がり、室外機の上に置かれていた植物を、手に取った。大きさは手のひらサイズで、緑の球体に小さな枝の様な物が伸びていた。その先端には、見た事のある葉が付いている。
「それ、モミジですか?」
「正解。それで、この下の丸いのは、苔でできてるの。」
「コケ?」
「そう。乾燥にだけ気を付けてれば、秋には真っ赤になる。冬になれば当然、葉は落ちるけど、春になると、新芽が出て、こんな感じになる。」
私の手の平に乗ったモミジは、精いっぱい、その葉を伸ばしていた。枝は、触れれば、ぽきりと折れてしまいそうな細さだが、逞しさが感じられる。
「先ずは、期待することに慣れてみて。」
今井さんは、私のことを知っているのに、私は、彼女のことをよく知らない。
ちょっとだけ、ずるい。
彼女を起こさない様に、そっと立ち上がり、寝室を出た。流石に明け方は、ひんやりとしていた。リビングに行き、窓の外を見た。外は生憎の曇り空で、今にも降りそうな感じだ。
置きっぱなしになっていた、スマホを見ると、古川マスターからメッセージが数件、来ている。昨日のことを、九条さんからでも聞いたのか、『無理せずに』とのことだった。
「慣れないでくれ。」
先生に言われた言葉を、思い出し、呟いた。
今まで、小中高と、学校に通ってきたが、ちゃんと向き合てくれた先生はいなかった。
私の前では、親にしっかり言ってくれるといったが、家庭訪問で成績の話だけして帰った、小学低学年の時の担任。
修学旅行費を出す様に頼み込みに来たが、諦めてしまった、小五の時の学年主任。
妹からの嫌がらせを見て見ぬふりをしていた、生活指導の教師。
お陰で、『先生』に頼ることを、辞めた。他人に期待することも、無くなった。
だから、藤吉先生の存在は、私にとっては、すごく、新鮮だった。
ぽつりぽつりと、小さな雨粒が、ベランダの手すりを濡らし始めた。
昨日は暗くて、気付かなかったが、ベランダにも、観葉植物や花が並んでいる。綺麗に育っているところを見ると、まめに手入れをしている様だ。
「早いね…。」
背後から、今井さんの声が響いた。振り向くと、眠そうに目を擦っていた。私の隣に歩み寄り、外を見た。
「降っちゃったか…。」
そう言い、窓を開け、ベランダに出た。全ての植物を観察し、鋏を取り出した。一番背の高い植物の前にしゃがみ、枝を二、三本切り取った。何か呟いていたが、聞こえない。気になり、私も、ベランダに出た。
「これ何ですか?」
「これは、テーブルヤシ。最初買ったときはマグカップみたいな鉢に、入ってたんだよ。
で、こっちが、パキラ。」
植物については、それほど詳しくないが、名前は聞いたことがあった。小さい木の幹の様な根が、特徴的だった。
他にも、ガジュマルやポトス。花は害虫除けに、育てているらしい。
「好きなんですか?」
「うん。水と光さえあれば、文句言わずに育つからね。ちゃんと手入れもすれば、花を咲かせたり、大きくなったり。頑張った分、彼らは、それに応えてくれる。
それに、あたし、寂しがりだから…。」
最後の一言は、珍しく、恥ずかしそうだった。こんなに広い部屋なのに、寂しがりというのは、少し疑問だった。私は狭い空間で育ったから、寂しがりの気持ちはよく解る。でも、彼女の心理は解らない…。だからこそ、知りたい。彼女の気持ちを…。
植物たちに、声を掛けながら、手入れをしている彼女の姿は、誰かに似ている…。
「香織ちゃんも何か育ててみる?」
私の視線に気付いたのか、こちらを見て訊ねてきた。植物を育てるなど、勿論やったことがない。小学生のころ、夏休みの宿題でアサガオを育てた事があったが、それも妹に邪魔された。あと少しで花が咲きそうだった時に、引っこ抜かれた。植えなおしたが、ダメだった。だから、私の観察日記も途中で止まってしまった。
私の不安そうな表情を読み取ったのか、立ち上がり、室外機の上に置かれていた植物を、手に取った。大きさは手のひらサイズで、緑の球体に小さな枝の様な物が伸びていた。その先端には、見た事のある葉が付いている。
「それ、モミジですか?」
「正解。それで、この下の丸いのは、苔でできてるの。」
「コケ?」
「そう。乾燥にだけ気を付けてれば、秋には真っ赤になる。冬になれば当然、葉は落ちるけど、春になると、新芽が出て、こんな感じになる。」
私の手の平に乗ったモミジは、精いっぱい、その葉を伸ばしていた。枝は、触れれば、ぽきりと折れてしまいそうな細さだが、逞しさが感じられる。
「先ずは、期待することに慣れてみて。」
今井さんは、私のことを知っているのに、私は、彼女のことをよく知らない。
ちょっとだけ、ずるい。
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