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5章:密か
5 恐怖
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また、先程の客と居合わせると厄介だと思い、裏口から忍び込むことにした。普段なら、鍵が掛かっており、外から入ることは、まず出来ない。だが、今回に限っては、まだ、締
まっていなかった。
なるべく、音を立てない様に銀色の扉を開けた。こういう時、疚しいことは何もしていないが、そういう行動を、取ってしまう。屋には誰も居なかったが、ホールの方から、話し声が聞こえる。声からして、九条さんと藤吉先生だと、すぐ分った。
少しだけ気になったので、カウンターの方を覗いた。どうやら、男性客の姿は見えなかった。グラスや皿が、片付けられているところを見ると、帰宅したらしかった。
二人が何を話しているかは、分からなかったが、難しい話をしているみたいだった。
私は、ロッカー前に行き、探し物をした。基本的に私物はロッカーに仕舞うように、していたため、内心、ここ以外はないだろうと、思っていた。
しかし、ロッカーの中には、私物のマグカップと、ちょっとした教材があるだけで、スマホらしきものは見当たらなかった。
確実にバイトに来るときはあったのは覚えている。だから、この建物内にあったのは確実。盗まれていなければの話だが。もしもの事も想定して、棚やテーブルの上を探したが、見つからない。流石に焦り始めた。九条さんに鳴らして貰えば良かったのだろうが、焦っていた所為か、そこまで頭が回らなかった。
ソファ同士の間を覗いたとき、見つけた。休憩中、弄ることはあっても、必ずロッカーに戻す様にはしている。何故こんなところに…。
その時だった。急に強い力で肩をつかまれ、その勢いのまま、ソファに仰向けに倒された。
あまりにも、急だった為、頭の中は真っ白だった。
「戻って来てくれたんだね。」
視界に入る現実に、耳から聞こえる声が、さらにその説得力を増していく。
私は、今、先程の男性客に押し倒された…。
「え?どうして?」
そう声を出したはずだが、多分、単語すら言えてなかったと思う。
そのまま、ソファの横にしゃがみ込み、肩に手を置かれ、上腕、肘、前腕、手首にかけて、舐める様に一撫でされた。思わず、『ヒッ』と声を上げたが、その声すら男には届いていない様だった。
久々に感じた『恐怖』。いや、恐怖なんか、生温いかもしれない…。
しかし、お酒の匂いが、その恐怖を強制的に打ち消し、悲鳴を上げる隙さえ与えては、くれなかった。幾らか抵抗はしたが、酔っているとは言え、成人した男には敵わない。殆どされるがままの状態で、両腕をつかまれ、いよいよ、何も出来なくなってしまった。
何か話しかけている様だったが、私の脳は情報の処理に遅れが出ている。
覚悟が決まらないまま、髪や頬を撫でられた。身体中がゾワっとした。唯一動いていた、脚にも力が入らなくなってきた。
「何やってんだ!」
その声が聞こえた瞬間、身体が自由になった。九条さんが、男性客の両腕を抑え込んでいた。ただ、その状況を理解するのに、かなりの時間を要した。床に伏せられ、暴れている。それをソファから体を起こし、ぼんやりと眺めていた。
すると、藤吉先生に膝と肩を抱き抱えられ、カウンターを過ぎ、一番奥のテーブル席に下ろされた。先生はもう一度、休憩室に入っていき、数秒で出てきた。出る際に扉も閉めた。手には毛布を持っていた。
「取り敢えず、落ち着いて。今から警察呼ぶけど、良いね。」
先生が優しく問いかけた。自分では頷いたはずだったが、身体が動かなければ、声も出ない。先生が電話を掛けている間、先程のことが、フラッシュバックしていた。あのまま二人に気付かれなかったら、今頃、どうなって居たのか。考えたくはないが、頭を過る。
しばらく忘れかけていた、絶望の感覚が、沸々と湧いてくる。
「済まない、気付くのが遅れた。」
いつの間にか、電話をし終えていた、先生が頭を下げていた。
「い、いえ、先生は悪くないです。」
大分、落ち着いてきたのか、声が出た。
「それに、慣れてますから。」
嘘ではなかった。だが、思わず口走ってしまった事には、気が付かなかった…。意味もなく、先程触られた、腕や肩を自分で摩っていた。
すると、先生が深いため息をしながら、私の前にしゃがみ込んだ。
「そういうの、慣れないでくれよ…。」
まっていなかった。
なるべく、音を立てない様に銀色の扉を開けた。こういう時、疚しいことは何もしていないが、そういう行動を、取ってしまう。屋には誰も居なかったが、ホールの方から、話し声が聞こえる。声からして、九条さんと藤吉先生だと、すぐ分った。
少しだけ気になったので、カウンターの方を覗いた。どうやら、男性客の姿は見えなかった。グラスや皿が、片付けられているところを見ると、帰宅したらしかった。
二人が何を話しているかは、分からなかったが、難しい話をしているみたいだった。
私は、ロッカー前に行き、探し物をした。基本的に私物はロッカーに仕舞うように、していたため、内心、ここ以外はないだろうと、思っていた。
しかし、ロッカーの中には、私物のマグカップと、ちょっとした教材があるだけで、スマホらしきものは見当たらなかった。
確実にバイトに来るときはあったのは覚えている。だから、この建物内にあったのは確実。盗まれていなければの話だが。もしもの事も想定して、棚やテーブルの上を探したが、見つからない。流石に焦り始めた。九条さんに鳴らして貰えば良かったのだろうが、焦っていた所為か、そこまで頭が回らなかった。
ソファ同士の間を覗いたとき、見つけた。休憩中、弄ることはあっても、必ずロッカーに戻す様にはしている。何故こんなところに…。
その時だった。急に強い力で肩をつかまれ、その勢いのまま、ソファに仰向けに倒された。
あまりにも、急だった為、頭の中は真っ白だった。
「戻って来てくれたんだね。」
視界に入る現実に、耳から聞こえる声が、さらにその説得力を増していく。
私は、今、先程の男性客に押し倒された…。
「え?どうして?」
そう声を出したはずだが、多分、単語すら言えてなかったと思う。
そのまま、ソファの横にしゃがみ込み、肩に手を置かれ、上腕、肘、前腕、手首にかけて、舐める様に一撫でされた。思わず、『ヒッ』と声を上げたが、その声すら男には届いていない様だった。
久々に感じた『恐怖』。いや、恐怖なんか、生温いかもしれない…。
しかし、お酒の匂いが、その恐怖を強制的に打ち消し、悲鳴を上げる隙さえ与えては、くれなかった。幾らか抵抗はしたが、酔っているとは言え、成人した男には敵わない。殆どされるがままの状態で、両腕をつかまれ、いよいよ、何も出来なくなってしまった。
何か話しかけている様だったが、私の脳は情報の処理に遅れが出ている。
覚悟が決まらないまま、髪や頬を撫でられた。身体中がゾワっとした。唯一動いていた、脚にも力が入らなくなってきた。
「何やってんだ!」
その声が聞こえた瞬間、身体が自由になった。九条さんが、男性客の両腕を抑え込んでいた。ただ、その状況を理解するのに、かなりの時間を要した。床に伏せられ、暴れている。それをソファから体を起こし、ぼんやりと眺めていた。
すると、藤吉先生に膝と肩を抱き抱えられ、カウンターを過ぎ、一番奥のテーブル席に下ろされた。先生はもう一度、休憩室に入っていき、数秒で出てきた。出る際に扉も閉めた。手には毛布を持っていた。
「取り敢えず、落ち着いて。今から警察呼ぶけど、良いね。」
先生が優しく問いかけた。自分では頷いたはずだったが、身体が動かなければ、声も出ない。先生が電話を掛けている間、先程のことが、フラッシュバックしていた。あのまま二人に気付かれなかったら、今頃、どうなって居たのか。考えたくはないが、頭を過る。
しばらく忘れかけていた、絶望の感覚が、沸々と湧いてくる。
「済まない、気付くのが遅れた。」
いつの間にか、電話をし終えていた、先生が頭を下げていた。
「い、いえ、先生は悪くないです。」
大分、落ち着いてきたのか、声が出た。
「それに、慣れてますから。」
嘘ではなかった。だが、思わず口走ってしまった事には、気が付かなかった…。意味もなく、先程触られた、腕や肩を自分で摩っていた。
すると、先生が深いため息をしながら、私の前にしゃがみ込んだ。
「そういうの、慣れないでくれよ…。」
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