レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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3章:違い

14 二人目

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 「そのマグカップ、どこで売ってるんですか?」
 ロッカーを開けたばかりの彼に聞いた。一見はどこにでも売っていそうな、ごく一般的なマグカップだ。しかし、黒いと言っても、完全な黒ではない。どちらかというと、紺色に近い。私は色には多少自信がありあれは、ディムグレイと呼ばれる、黒に近い灰色。和名だと、確か鈍色や鋼色と呼ばれるものに近い。
 「これね。そんなに高いわけじゃないけど、一応オーダーメイド品。」
 テーブルの上に、そのマグカップを置き、対面に腰を下ろした。
 「へぇー。シンプルでいいですね。」
 触ってみると、表面は砂の様な感覚だった。
 「もし気に入ったらなら、注文してあげようか?」
 スマホを取り出し、画面を見せた。そこには同じ様なマグカップやコーヒーサーバー、ポット等も映っている。どうやら、コーヒー専用の道具やカップなどを主に作成している工房の様だ。色も三種類しかなく、どれも質素なものだった。
 「どれも可愛らしいですね。素朴な感じで。今注文したら、どれくらいで完成します?」
 「本来なら一ヶ月ほどかかるけど、裏技使えば一週間ほどで出来るよ。」
 「裏技?」
 「ちょっと待ってて。」
 そう言って、一度休憩室を出て行った。戻って来たときは、古川マスターも一緒だった。テーブルに置かれている、マグカップを取り上げ、古川マスターに渡した。
 「香織ちゃんも欲しいんだって。」
 「これですか…。これは確か、フランの半磁器のマグですね…。これなら、三日ほどで入手できますが、色はどうなさいます?」
 そんなに早く出来上がって良いものなのかどうか分からないが、取り敢えず、彼と同じマグカップで、白を注文してみることにした。
 後で聞いた話だが、古川マスターの知人がこのブランドの販売店をやっているらしい。

 その日は自由解散となった。ほとんどは仕事があるため、早めに切り上げた。店に残ったのは、私と九条さんと藤吉先生だけだった。
 「びっくりしましたよ。まさか先生も常連だったなんて…。」
 「遠野にも行ったが、あまり公言しないでくれよ。大学の先公が教え子の店に来て入り浸っているとなると、変な噂になりかねんからな…。」
 ロックグラスを傾けながら呑む様は、いつもののんびりとした姿を打ち消していく。誰に対しても、フレンドリーな九条さんもとは違い、ミステリアスなクールさもまた、魅力な所といつだったか、寧々が言って居たことを思い出した。
 「それより、良いんですか?こんな真昼間から呑んで。」
 「せっかく来たんだ、のんびりさせてくれよ。」
 さらにグラスを傾け、ジンを煽る。
 「いつものんびりしてるじゃないですか。」
 「香織ちゃんも意外と言うね…。身内と解れば容赦なしってか?」
 「そんなつもりで言ったわけじゃないですが…。」
 グラスの残りを一気に飲み干した。もう一杯行くつもりらしい。九条さんも半ば呆れた顔で、炭酸で割ったジンを提供した。
 「そっか、香織ちゃんが今週に入って、顔つきが変わってたのは、九条が絡んでいたのか…。」
 「止めて下さいよ。まるで僕が誑かした言い方して。その方が噂に成ったらヤバいでしょう。」
 「そうだね。」
 グラスの半分を飲み干し、窓の外を眺めた。日は或る程度沈んだ様で、目の前のビルの一部をオレンジ色に染めていた。
 
 夕日は嫌いだった。あれを見ると、家族全員が帰って来る合図の様に感じられたから。だけど、三年前程から、それすらも気にしない様になっていた。逃げるためのお金を稼ぐときはあれ程辛かったのに、生きるために稼ぐのは、楽しく感じられた。
 グラスを置く音で我に返った。
 「俺はもう帰るよ。お題は次来た時まで払うよ。」
 「ツケ払いする先公の方もどうかと思うけど…。」
 またしても呆れた様に答える。
 「香織ちゃん、大学では堪忍な。」
 そう言い残し、店を出て行った。
 「香織ちゃん、あの話は先生にした?」
 「いいえ、でも何か知ってる様な口ぶりでしたね。」
 すると、九条さんが大きいため息をついた。更には、藤吉先生の座っていたところの近くにあった灰皿を手に取った。

 「あの人にも敵わないな…。いつもは何本か吸って行くのに…。」
 灰皿は奇麗なままだった。藤吉先生がどれほど、頭が良いかは考えた事は無かった。
 多分だが、あの先生も彼同様に、私のことを知ったのだろう。でも、最後去って行く時の顔や声は凄く申し訳なさそうだったのは印象的だった。
 それに、さっきの台詞を思い返すと、彼以外にも私をちゃんと見てくれている人は居ると言う事だ。もっと、早くあの先生の様な人に会えてれば…。
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