レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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3章:違い

9 休日

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 テーブルの上には遣り掛けのチェスと表紙からして、チェスに纏わる本が置いてある。向かい側には誰かいた形跡はなく、多分彼がひとりで、指していたのだろう。
 私は、共有ロッカーから毛布を取り出し、彼に掛けた。いつもと違ったのは、左腕にサポーターを着けていたことだ。それだけならまだしも、匂いからして湿布をしているのは明らかだった。コーヒーを愛する彼の事だから、匂いには結構気にしているようだった。そんな彼が、手に湿布をするのには少し違和感を感じた。
 「おはようございます。」
 驚いて、背後の扉の方を見る。そこには、ポロシャツ姿の古川マスターが覗いていた。
 いつもの、ワイシャツ姿の様な堅苦しい感じとは違い爽やかだ。
 「お、おはようございます。」
 「お早いお着きですね…。まだ一時間近くありますが。」
 「家に居てもやることなくて…。早めに来てこっちでのんびりしてようかと…。
 古川さんはどうして?」
 「私も貴女と同じ理由です。」
 少し、気まずそうに古川マスターが答える。
 その時、スマホが鳴った。私のでもなければ、古川マスターのでもない。どうやら九条さんのポケットからだった。寝ていた彼が、目を閉じたまま、ポケットからスマホを抜き出し、音を止める。
 むくりと起き上がり、身体を伸ばす。視線に気付いたのか、驚いたような顔をする。
 「あれ?二人とも早くない?」
 寝ぼけた様な声で、こちらに訊ねる。
 それを見て、古川マスターが、くすくすと笑う。
 「コーヒーでも淹れましょう。」
 「そんなに、笑う事かい…。」
 そう言いながら、毛布を畳み、ロッカーに仕舞う。でも、どこか左手を庇っている様に見える。
 「その手、どうしたんですか?」
 「あぁ、ちょっと転んでね…。」
 「大丈夫なんですか?」
 その質問には、何も答えなかったが、私に横を通り過ぎるときに、左手で私の肩を二度軽く叩いた。
 カウンターの方から、トーストの良い香りが漂ってきた。

 最初に到着したのは、今井さんだった。
 「あたしにも、コーヒーとトーストお願い。」
 私の隣に腰を下ろし、カウンター内の古川マスターに注文する。
 「今日はお休みなのですがねぇ…。」
 少々呆れた様に呟く。九条さんは厨房で、自分用のコーヒー豆を焙煎していた。
 「じゃ、私が淹れますよ。」
 カウンター内に向かう。
 「お、香織ちゃんの淹れるコーヒー、ちょっとマイルドで好きなんだよねぇ。」
 コーヒーを淹れ終わった直後、格子戸が開いた。
 「休みって言うのに、良い匂いさせてるな。」
 「香織ちゃん来たよ~。」
 戸を鳴らしたのは、甘王の店主、遠野さんと彩だった。
 「遠野さん、彩。いらっしゃい。」
 「俺にも一杯淹れてくれや。」
 二人はピアノの近くの二人掛け席に腰を下ろす。
 「二人には僕が淹れるよ。」
 厨房から声だけが飛んでくる。
 「おっちゃん、私はお腹空いた。」
 「丁度、トースト焼いてるから、ちょっとだけ、待ってて。」
 そんな会話をしてる間に、また格子戸が開いた。これまた、今どき珍しい和装に身を包んだ、男性が三人立っていた。
 「この間はどうも。」
 「これは、大臣御三代。」
 「御三代?」
 彩と私が同じ様に首を傾げる。
 「あぁ。こいつが元三代目の吉信。」
 三人のうちガタイが良い一人の男性の背中を叩く。歳は三十代前半と言ったところだろうか。軽く会釈をする。
 「その隣が四代目、彰じゃ。」
 「どうも。」
 こちらは愛想の良い笑顔で、挨拶した。背丈は九条さんより少し小さいくらいで、今どきの人って感じだった。
 「俺たちにも、一杯ずつ。」
 そう言って、一番奥のテーブル席に腰を下ろす。
 「お休みなのに、忙しいですね…。」
 ボソッと溢してしまった。それを拾ったのは、九条さんでも古川マスターでもなかった。
 「手伝いましょうか?お嬢さん。」
 開いたままの格子戸に寄りかかる様にこちらを覗いていたのは、月島さんだった。
 「久しぶり、香織ちゃん。」
 それとは別に女性の声が聞こえた。
 「伊藤さん!」
 「お、来たか。今回の強力な助っ人。イタリアンのシェフ・伊藤里奈さん。」
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