レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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 一ヶ月ほど前に、東北の山形に出向いた時だ。何でも、江戸時代の有名な俳諧師が残した、書物が見つかったということで、出向いたのだ。
 当時は五月の連休ということもあり、新幹線や飛行機といった公共の交通機関は満席状態だった。あたしは、たまたま金沢の方からの移動だったため、大半の客は降りた状態の新幹線に飛び乗れた。噂を耳にしただけで、着の身着のまま旅している故、それほど急ぐ事はない。しかし、職業柄、その様な誰もが耳にしたことのある俳諧師の書物となると、幾らあたしでも、そりゃ胸が躍る…。
 新幹線と鈍行を乗り継いでやってきたのは、山形でも山の方ではなく、海沿いの地域だった。江戸時代の初期のころは城下町として栄え、とある豪商家が治めていたとする、歴史ある土地だった。
 この土地で読んだ俳句は知られているものでも十を超え、発見されていな物を含めれば、文字通り数知れず。そんな中での新書物発見となると、大発見になる可能性がある。
 とりあえず、情報を掻き集めるべく、知り合いの古物商へと向かった。

 着いたのは夕方の四時頃だった。田舎らしく、店先のガラス戸は開けっ放しで、時代劇に出てくる、質屋の様な雰囲気だった。
 土間に散らかっている器や壺などはどれも、埃…いや、砂が被っており、粗末なものだった。だが、あたしも、隠居したとはいえ、目利きは衰えていない。何枚かは値打ち物と見た…。
 そんなことをしている場合ではない。ここの店主に件の書物に関しての情報を聞かなければ。
 「やっさん!やっさーん!」
 「はーい。」
 奥の方から聞こえてきた返事は女性だった。しかも、そこそこ若そうな。
 「おやっさんいるかい?」
 「ちょっと、お待ちを。」
 ぱたぱたと忙しなく、出てきたのは、見立て通りの、若めの女性だった。
 「あの、どちら様で?」
 「あたし、東京から来たものでね?徹の旦那はいらっしゃるかな?」
 「父は今、手が離せないと…。」
 「大臣が来たと言えば、すっ飛んできますぜ?」
 「ダイジン?」
 「ものは試しさ。」
 「はぁ…。」
 そういうと、またしても、ぱたぱたと中に去って行った。

 数分もしないうちに、今度は男の方がすっ飛んできた。
 「おぉ、大神さん!奥の方で、何か大神さんっぽいなぁと思っていたところです。」
 後を追うように、先ほどの女性もついてきた。
 「ね?言ったでしょ?」
 「この子は、私の娘の亜樹です。」
 徹が彼女を紹介した。
 「亜樹って、あの亜樹ちゃんかい?こりゃ、驚いたなぁ。前はこんなんだったのに…。」
 手で膝当たりの高さまで下げ、大きさを示した。
 「それ、何年前の話ですか…。」
 亜樹ちゃんも呆れた様な声を出す。
 「それより大神さん、今日はどんな用件でこちらに?」
 「あぁ、そだそだ。旦那、この間、金沢で聞いた話を確かめたくてね?」
 土間の式台に腰を下ろし、話を進める。
 「何でも、あの有名な松尾芭蕉が残した、書物が見つかったって聞いたもんで、来たんでさぁ。それで、あんたなら何か知っとるかと思って立ち寄った次第で。」
 「うーん、残念ながら、私も聞いたことありませんなぁ…。」
 徹が手を顎に当てながら、答えた。
 「そっか…。あんたが、知らないとなると、流石にお手上げだな…。」
 「申し訳ない、大神さんの為なら、力貸してやりたいところだが、生憎…。」
 「良いんだ良いんだ。噂を確かめるのも、旅の一興よ…。」
 すると、いつの間にか、亜樹ちゃんがお茶を淹れてくれていた。
 「あぁ、お構いなく。」

 「待てよ、大瀧おおたきさんなら…。」
 しばしば、土産話や世間話をしていると、徹が急に何か閃いた様に呟いた。
 「ん?心当たりあるのかい?」
 「えぇ、山の麓の方に住んでる、大瀧って農家の方なんですがね。趣味で掛け軸や巻き物の様な物集めてるみたいで、たまに、私のところにも来るんですよ。その方ならもしやと思って…。」
 「なるほど…。よし、ちょっくら、聞いてみるか。」
 お茶も飲み干し、立ち上がった。
 「今から行かれるんですか?」
 亜樹ちゃんが、訊ねてきた。
 「まぁ、急ぐ旅でもありませんが、確かめるなら、早めの方が良いと思ってね。」
 「なら亜樹、案内してやりなさい。田舎の一本道は気が遠くなるから。それに、もう日が暮れる。」
 そんな時、居間の方にあるのだろう古い柱時計が五時を告げていた。
 そんな流れで、二人で、古物商を後にした。
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